笹森礼子

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1965年

笹森 礼子(ささもり れいこ 1940年9月9日 - )は、日本の元俳優歌手である。

東京都大田区出身、A型。

頌栄女子学院高等学校在学中から『日真名氏飛び出す』にレギュラー出演。

舛田利雄監督の『青年の樹』(1960年4月29日)の脇役でスクリーンデビュー。

成瀬巳喜男監督の『娘・妻・母』に出演後、日活と契約。森永健次郎監督『美しき別れの歌』(1960年5月1日)で二谷英明の相手役に抜擢される。

浅丘ルリ子に次ぐ青春スターとして「パールライン」のひとりとして数多くのヒロインをこなした(特に赤木圭一郎とは多くのコンビ作がある)。

1965年に結婚、引退した。夫はゴルフをきっかけに出会ったという新宿区実業家の雨宮司郎。「できれば量を減らしてでも女優を続けていきたい気持ちです」と婦人雑誌にコメントしていたが、長女を出産後は家庭に専念し、5年あまりの映画人生を終えた[1]滝沢英輔監督『男の紋章 喧嘩街道』が最終作となった。

なお、夫は2021年6月に没している[2]

出演映画

幌馬車は行く』(1960年)の撮影現場にて
1960年
1961年
1962年
1963年
1964年
1965年

ディスコグラフィー

脚注

外部リンク

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