篠原重之 安土桃山時代から江戸時代の武将 From Wikipedia, the free encyclopedia 篠原 重之(しのはら しげゆき)は、安土桃山時代から江戸時代にかけての武将。兄に木村重成がいる。 概要 幼少より、優秀で勇敢であったという。1615年(元和元年)、大坂夏の陣にて大坂城が陥落した後、九州へ落ちる。九州を転々と移り住み、肥後国海東郷(現・宇城市)に居を定める。残党狩りを逃れるため、姓を木村から篠原に改めた[1]。 島原の乱などで活躍する。1693年(元禄6年)、海東郷にて93歳で死去。法名は浄山院本然清雲居士。墓は熊本県宇城市小川町南海東筒田にある[2]。 出典 [脚注の使い方] [1]海東村史編纂委員会編纂『海東村史』海東村役場、1952年 [2]小川町史編纂委員会編纂『小川町史』小川町役場(熊本県)、1979年 参考文献 海東小学校創立百周年記念事業期成会『海東小学校創立百周年記念誌』海東小学校、1976年 小川町教友会編集『小川のむかしばなし』小川町教友会、2001年 関連項目 木村氏 大坂の陣 島原の乱 海東村の口碑・傳説 七つ瀬この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles