米墺平和条約
From Wikipedia, the free encyclopedia
背景
第一次世界大戦ではオーストリア=ハンガリー帝国がアメリカ合衆国を含む連合国に敗れた。アメリカ政府は1917年12月7日にオーストリア=ハンガリーに宣戦布告していた。大戦末期の1918年、オーストリア=ハンガリー帝国が解体し、オーストリアは共和国として独立した。
1919年、勝利した連合国はパリ講和会議を開き、中央同盟国との平和条約を起草した。会議ではオーストリア政府との平和条約が成立した。アメリカ政府も条約に署名したが、アメリカ合衆国上院はアメリカの国際連盟への参加に抗議して、条約の批准を拒否した。
その結果、アメリカとオーストリアは国際連盟と関連せずに二国間平和条約を締結するための交渉を開始した。1921年7月2日、アメリカ大統領ウォレン・ハーディングは合衆国議会が採決したノックス=ポーター決議に署名、アメリカとドイツ、オーストリア、ハンガリーの戦争状態を終わらせ、平和条約締結の交渉を加速させた。米墺平和条約は、その1か月後の8月24日に締結された。