米本城の原型は室町時代に形作られ、太田道灌の臼井城攻めや安房里見氏の侵攻、上杉謙信の臼井城攻めなど多くの戦を経て、現在の南北約300mの城郭に拡張していったと考えられている。
三の堀
付近の台地から南に延びる比高20m程度の舌状台地上に占地し、舌状台地先端の一郭から三郭までの三つの郭を連ねる。また、郭としては不明瞭ではあるが、三郭の東方及び台地基部にも郭のものと考えられる遺構が存在する。
三郭の空堀は浅いものであるが、中央に渡る土橋の東側に三郭からの張り出しが存在し、空堀に対して横矢が掛かる。三郭東端にはまたL字状土塁を伴う虎口が設けられており、二郭の外枡形様を呈している。