米谷雄二
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米谷 雄二(こめたに ゆうじ、1905年〈明治38年〉12月16日[1] - 没年不明)は、日本の政治家、地主。鳥取県西伯郡中浜村会議員[1]。中浜農協組合長[1]。鳥取県酪農協組連、鳥取県畜産会各監事[1]。曹洞宗龍泉寺責任役員[1]。
鳥取県西伯郡中浜村(現・境港市)の長山家に生まれ、米谷家の養子となる[2]。倉吉農学校卒業後は祖父の遺業の肥料商を家業とするも、感ずる所あってその経営を断つ[1]。1943年、農業会長[1]。また中浜村学務委員[3]、中浜村会議長[4]、境港市教育委員会委員、境港市農業委員会委員[5]などをつとめる。
趣味は読書[1]。住所は境港市新屋町[1]。
消防施設事業に私有地を提供したため、感謝状を贈呈される[6]。
- 米谷家
先考の光造は学務委員、米川水利組合会議員[2]。
- 日本同盟通信社 編『興亜日本建国史 皇朝歴代詔勅大成 中国大観』日本同盟通信社、1940年。
- 国勢協会 編『国勢総覧 第11版』国際連合通信社、1954年。
- 『現代人物事典 出身県別 西日本版』サン・データ・システム、1980年。
- 『境港市史 下』境港市、1986年。
- 『境港市三十五周年史』境港市、1991年。