糸島市立可也小学校
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| 糸島市立可也小学校 | |
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北緯33度35分00秒 東経130度10分48秒 / 北緯33.58341度 東経130.18008度座標: 北緯33度35分00秒 東経130度10分48秒 / 北緯33.58341度 東経130.18008度 | |
| 過去の名称 |
波津小学校 可也尋常小学校 可也小学校 志摩町立可也小学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 糸島市 |
| 設立年月日 | 明治7年(1874年) |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学校コード | B140223000149 |
| 所在地 |
〒819-1312 福岡県糸島市志摩初198 |
| 外部リンク | 糸島市立可也小学校 |
歴史
可也小学校とルースちゃん人形
1926年(昭和元年)、アメリカで世界児童親善協会を設立したシドニー・ギューリックは、「世界の平和は子供から」の理念を掲げ、その平和の象徴として1927年(昭和2年)に一万二千体の「青い目の人形」を日本に贈った。青い目の人形は日本全国の保育園や幼稚園、小学校に贈られた。福岡県には259体の青い目の人形が送られ、そのうちの一つは可也小学校にも届いたが、1941年(昭和16年)の太平洋戦争開戦とともに青い目の人形は「敵国人形」と言われ、次々と処分された。
しかし可也小学校に贈られてきた青い目の人形、ルースは学校の裁縫室の片隅に追いやられたままで処分までには至らなかった。やがて太平洋戦争も終戦し、年月がたった1979年(昭和54年)に可也小学校旧校舎取り壊しの際、青い目の人形と当時の人形歓迎会の作文が発見された。その後各地で青い目の人形が確認されたが、終戦後に発見された青い目の人形のほとんどはアメリカに返還された。次々と青い目の人形が里帰りするなか、可也小学校からは市松人形「しま可也」をアメリカへ贈り、可也小学校には青い目の人形「ルースちゃん」が今も保管されている。
2021年現在、福岡県内で確認されている世界児童親善協会から贈られた青い目の人形は、この「ルース」のほかに、嘉麻市立嘉穂小学校の「ペッギィ」、久留米市立城島小学校の「シュリー」の三体のみである[2]。
校歌
- 作詞:八木橋雄次郎、作曲:八木伝[3]
通学地域
- 志摩稲留
- 志摩稲葉
- 志摩小金丸
- 志摩津和崎
- 志摩初
- 志摩馬場
- 志摩松隈
- 志摩師吉
- 志摩吉田
進学先中学校
隣接する施設
- JA糸島志摩支店
- 志摩郵便局
- Aコープ 志摩店
- 志摩体育館
- ファミリーマート 志摩可也小学校前店
- 糸島市図書館 志摩館
- イオン志摩ショッピングセンター
- 糸島市立可也コミュニティセンター
- 糸島市社会福祉協議会
- 志摩歴史資料館
- 志摩中央公園
