紀ノ川橋梁 (南海本線)
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1903年(明治36年)、まず現在の南海本線上り線が紀の川に架けられた。ピン結合によるプラットトラス橋3連を、16連と3連のガーダー橋が挟む形である。上り線は日本で最初の鉄道技術者の一人だった木村懋(つとむ)が設計し、アメリカン・ブリッジによって製造された。
1922年(大正11年)に隣接して下り線用の橋梁が架けられ、この区間が複線化された。この下り線の桁はワーレントラス橋3連を、16連と3連のガーダー橋が挟む。国産である。
1998年(平成10年)には南海の調査により「耐震性に劣る」として架け替えが検討されたが、その後鉄道総合技術研究所(JR総研)の調査で支障がないことがわかり、計画は中止された[1][2]。
2022年(令和4年)9月に上り線・下り線が共に土木学会選奨土木遺産に認定された[3]。