紀安提 From Wikipedia, the free encyclopedia 紀 安提(き の あて)は、奈良時代の貴族。官位は従五位下・備中守。 その経歴は桓武朝のものに限られる。 延暦2年(783年)正月、紀木津魚・吉弥侯横刀ら8人の夙夜における勤務を奨励して、爵をすすめたという記事があり[1]、続けて安提のみ正六位上から従五位下へ叙爵したとある。同年3月、文室忍坂麻呂の後任の左京亮に任命される。同4年(785年)6月、紀千世の後任の民部少輔に就任。この時の民部卿は佐伯今毛人。 同6年(787年)2月、地方官に転じ、栄井道形の後任の備中守に任じられている。その後の経歴は不明である。 官歴 注記のないものは『続日本紀』による。 時期不詳:正六位上 延暦2年(783年)正月23日:従五位下。3月12日:左京亮 延暦4年(785年)7月6日:民部少輔 延暦6年(787年)2月5日:備中守 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『続日本紀』巻第三十七、桓武天皇 今皇帝 延暦2年正月20日条 参考文献 『続日本紀5 (新日本古典文学大系16)』 岩波書店、1998年 宇治谷孟訳『続日本紀(下)』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles