紀小鹿 From Wikipedia, the free encyclopedia 紀 小鹿(き の おしか、生没年未詳)は、奈良時代中期の歌人。紀 女郎(き の いらつめ)ともいう。 経歴 安貴王の妻であったが、王は神亀元年(724年)ごろ、因幡八上采女と関係を持ち、天皇の采女に臣下が手を出したという不敬罪で本郷(もとつくに)に退去させられている[1]。そのことが原因かどうかは不明であるが、天平年間(729年 - 749年)ごろから大伴家持とたびたび歌を交わしている[2]。 ほかにも、「怨恨(うらみ)の歌三首」[3]や、包める物を友に贈る歌[4]、梅の歌[5]がある。 ほとんどの歌が「相聞」歌であり、代表的な万葉女流歌人の一人とされている。 系譜 父:紀鹿人 夫:安貴王(春日王の子) 男子:市原王 脚注 [脚注の使い方] [1]『万葉集』巻第四、534番・535番題詞より [2]『万葉集』巻第四、762番・763番、776番、巻第八、1460番・1461番 [3]『万葉集』巻第四、643番 - 645番 [4]『万葉集』巻第四、782番 [5]『万葉集』巻第八、1452番・1648番・1661番 参考文献 『萬葉集』(二)・(三)完訳日本の古典3・4、小学館、1984年 関連項目 ウィキクォートに紀小鹿に関する引用句集があります。 大伴家持 万葉集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks