『万葉集』巻第八に、
という題詞のある和歌が掲載されている。この歌は大伴稲公の経歴から推測して、天平2年(730年)よりも後の歌だと推測される。同様の題詞の歌が、万葉集巻第六にも2首見える[2]。
天平9年(737年)9月に外従五位下に叙せられ、12月に主殿頭に任ぜられる。天平12年(740年)外従五位上に昇叙され、翌天平13年(741年)主殿頭を車持国人に交代して鹿人は大炊頭に遷った。
上述したように、大和国跡見(現在の奈良県桜井市外山)で詠んだ和歌作品3首が『万葉集』に採録されている。娘の紀小鹿も万葉歌人である。