紀広川 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 奈良時代末期生誕 不明死没 不明官位 正六位上 凡例紀 広川時代 奈良時代末期生誕 不明死没 不明官位 正六位上主君 桓武天皇氏族 越智直→紀臣テンプレートを表示 紀 広川(き の ひろかわ)は、奈良時代末期の豪族。氏姓は越智直のち紀臣。官位は正六位上。伊予国越智郡の人物で越智直広川とも。 『続日本紀』延暦10年(791年)12月8日条によると、伊予国越智郡の人ぇある越智直広川ら5名が紀氏への改姓を申し出た際、その理由として「自分たちの7世の祖である紀博世の孫・紀忍人が越智氏の娘を娶り子をもうけたが、「庚午年之籍」に誤って母方の姓を記載されたため、以後子孫は越智姓を名乗ることになった」としている。広川らの申請は許可され、紀臣を賜っている[注釈 1][1]。 紀氏は大化の改新以前に対外交渉において活躍した一族であり、伊予国の越智氏と結びついたのは当時の緊迫した国際情勢と瀬戸内海の海上ルートが関係していると考えられる[2]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 『続日本紀』延暦10年(791年)12月8日条「伊予国越智郡人正六位上越智直広川等五人言。広川等七世祖紀博世。小治田朝庭御世被遣於伊与国。博世之孫忍人。便娶越智直之女生在手。在手庚午年之籍不尋本源。誤従母姓。自爾以来。負越智直姓。今広川等幸属皇朝開泰之運。適値群品楽生之秋。請依本姓。欲賜紀臣。許之。」 出典 ↑ 白石成二「古代伊予国の越智氏(上)」『伊予史談 (253)』(伊予史談会、1984年) ↑ 白石成二「古代伊予国の越智氏(上)」『伊予史談 (253)』(伊予史談会、1984年) Related Articles