紀若子

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紀 若子(き の わかこ、生没年不詳)は、奈良時代後期から平安時代初期(?)にかけての女官名は「穉子」とも表記することもある[1][要出典]大納言紀船守の娘。桓武天皇の宮人で、天皇の第7皇子明日香親王の母。

父・紀船守は桓武天皇の寵臣で、若子はその後宮に入り明日香親王を産む[2]延暦8年(789年)1月、多治比邑刀自藤原数子とともに無位から従五位下に叙位され[3]、更に延暦10年(791年)12月に、多治比邑刀自とともに従四位下に昇叙された[4]。以降の叙位は見られないため[2]、ほどなくして亡くなったものと見られる。

官歴

続日本紀』による

脚注

参考文献

関連項目

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