寛政の改革の一環として行われた1790年以降の寛政異学の禁によって、公に教授されるべき学問の内容が朱子学に統一され、昌平坂学問所が整備されるとともに、幕臣の子弟を対象として「素読吟味」、「学問吟味」といった試験がおこなわれるようになった。この結果、それまで訓読の返り点や送り仮名に見られた多様性が後退し、教材の統一化、画一化が進んだ。
素読吟味は、初学者の素読の能力を試すものであったため、漢文教育の課程においても内容の講義に先んじて、素読による訓読の暗記がおこなわれた。こうした教育方法は地方の私塾や寺子屋にまで影響を及ぼしたとされる。