絵物語
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絵物語(えものがたり)は、絵と文が一体となった物語の表現形式。日本において同表現形式は平安時代から確認できるが、児童書分野においては、1930年代から1940年代に紙芝居をもとに「誌上紙芝居」として発展したものを絵物語とすることが多い。絵本・漫画との境界は曖昧であり、両者の中間的な表現形式と捉えることもあれば、両者を含む包含的な概念とすることもある。また、バンド・デシネやコミック・ストリップの日本語訳や例示として絵物語の語を用いることがある。
日本において、絵と文が一体となった物語を「絵物語」と称する例は平安時代から確認でき、『栄画物語』には藤原道兼が娘のために「世の中の絵物語は書き集めさせ」との記述がある[1]。当時の絵物語は、『しのびね物語』の記述から、物語の本文に当たる「詞」、物語の場面を現す「絵」が交互に連ねられた絵巻物形式だったのではないかと考えられている[2]。絵物語は女性の読み物とされ、貴族の女子、姫君教育に用いられた[1][2]。室町時代以降に発展する物語草子の源流の一つだとも考えられている[2]。
現代的な「絵物語」は、絵本・漫画と近接した概念となっており、大正時代に人気を博した『正チャンの冒険』について、鳥越信は絵本とも漫画ともいえるとし、竹内オサムは「漫画風の絵物語」と評するなど、明瞭な区別は難しいものとなっている[3][4]。呉智英は、漫画の特徴をコマによる連続表現とした上で、挿絵と漫画の中間的な表現形式として絵物語を捉え、漫画と比較して絵と文の分離が強いものと分析する[5]。昭和に入って以降は、紙芝居作品を児童雑誌に掲載する「誌上紙芝居」と表現した山川惣治らによる影響が強く、また、太平洋戦争の戦中期には漫画の言い換え表現として絵物語の語が用いられる[6]。戦中期から戦後の代表的な絵物語作家として、山川惣治のほか、小松崎茂、福島鉄次が挙げられる[6]。
また、バンド・デシネやコミック・ストリップなど、日本的な漫画の形式から外れるものも含め、絵物語と表現することもあり、森田直子は、ロドルフ・テプフェールの作品を画文混交の絵物語とした上でストーリー漫画の源流とする[7]。フランスのジェラール・ブランシャールは、トラヤヌスの記念柱の碑文まで遡る絵物語の系譜に連なるものとしてコミックストリップやバンド・デシネを定義する[8]。