絹川武良司

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死没 (1968-10-31) 1968年10月31日(74歳没)
神奈川県
国籍 日本の旗 日本
別名 虚舟 ()[1]
きぬがわ むらじ

絹川 武良司
生誕 (1894-01-04) 1894年1月4日
秋田県仙北郡南外村(現・大仙市)
死没 (1968-10-31) 1968年10月31日(74歳没)
神奈川県
国籍 日本の旗 日本
別名 虚舟 ()[1]
出身校 京都帝国大学理学部
職業 材料工学、熱処理の研究・会社経営・大学教授
著名な実績 ステンレス鋼に関する発見・発明
影響を与えたもの 池島俊雄
活動拠点
  • 住友合資会社伸銅製作所尼崎工場
  • 日本ステンレス
  • 東海大学
取締役会 日本ステンレス常務取締役兼技師長(1945年)、専務取締役兼技術研究所所長(1946年)、副社長
受賞 技術有功章(1944年)[2]
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絹川武良司(きぬがわ むらじ、1894年 - 1968年秋田県南外村(現・大仙市)生まれ)は、日本の物理化学者、鉄鋼技術者であり特にステンレス鋼研究の権威で知られる。理学博士。学士会会員。東海大学教授。

1894年秋田県南外村(現・大仙市)の貧しい農家に生まれる[3]。教職の道を目指して秋田県立師範学校東京高等師範学校の修学を経て京都帝国大学に進学する。 1921年京都帝国大学理学部を卒業。金属業界への就職を恩師から勧められて、住友合資会社伸銅製作所尼崎工場に入社して研究係を務める。 1937年学位論文(絹川 1937)にて東京帝国大学より理学博士の学位を授与する。 1938年故金子英雄氏遺兒養育資金募集の発起人に参画する[4]1943年住友金属工業鋼管製作所の所長に就任した。 1944年12月21日「高温高壓精油鋼管の研究及び工業化」の研究で、兵器開発の進歩改善に寄与したとして昭和18年度前期技術有功章を受賞した[2]1945年日本ステンレス常務取締役兼技師長となる。1946年同社専務取締役兼技術研究所所長、1951年副社長に任命された。 1952年『金属防蝕技術総覧』(日本学術振興会第97腐蝕防止委員会・編 1952)の編纂に参画する。 1963年日本金属学会名誉員[5]1965年東海大学の教授となる。 1968年神奈川県で逝去する。

特許

地道な実験と考察の積み上げにより、ステンレス鋼に関連した発見と特許は21件ある[3]

著作・論説

脚注

参考文献

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