金崎宮 福井県敦賀市にある神社 From Wikipedia, the free encyclopedia 金崎宮(かねがさきぐう)は、福井県敦賀市にある神社である。建武中興十五社の一社で、旧社格は官幣中社である。 所在地 福井県敦賀市金ヶ崎町1-4位置 北緯35度39分52.2秒 東経136度4分26.6秒主祭神 恒良親王尊良親王社格等 旧官幣中社別表神社概要 金崎宮, 所在地 ...金崎宮 拝殿所在地 福井県敦賀市金ヶ崎町1-4位置 北緯35度39分52.2秒 東経136度4分26.6秒主祭神 恒良親王尊良親王社格等 旧官幣中社別表神社創建 明治23年(1890年)本殿の様式 神明造例祭 5月6日地図 金崎宮 テンプレートを表示閉じる 主祭神の一人である尊良親王とその妻の恋愛伝説や(御匣殿 (西園寺公顕女)を参照)、明治40年代(1900年代 - 1910年代ごろ)に始まった花換祭の風習により、「恋の宮」の別名でも知られている。 概要 当地にあった金ヶ崎城址の麓にある。恒良親王と尊良親王を祭神とする。約1000本のソメイヨシノがあり桜の名所として知られている。4月1日~15日には神事・花換まつりが行われる。天筒山の北面にあり、周辺は金ヶ崎緑地として整備されていて、山麓から本神社を通り山頂に到る遊歩道が整備されている[1]。 歴史 恒良親王と尊良親王は、足利尊氏の入京により北陸落ちした新田義貞、および氣比神宮の大宮司に奉じられて金ヶ崎城に入ったが、足利勢との戦いにより敗死した。 明治23年(1890年)、尊良親王を祀る官幣中社金崎宮が金ヶ崎城址に創立された。明治25年(1892年)には恒良親王が合祀され、明治26年(1893年)、現在地に社殿が竣工して遷座した。 1933年(昭和8年)10月30日、福井県で行われた陸軍特別大演習終了後、県内を巡幸した昭和天皇が行幸[2]。1937年(昭和12年)5月、恒良親王、尊良親王六百年祭を挙行。昭和天皇より祭粢料が下賜された[3]。 絹掛神社(摂社) 明治30年10月19日、社号を金崎宮摂社絹掛神社として御鎮座祭が執り行われた。 藤原行房卿、新田義顕卿、気比氏治命、気比斎晴命、瓜生保命、瓜生義鑑命、里見時成命、里見義氏命 、由良具滋命、長浜顕寛命、武田与一命などの将士が祀られている。 所在地 福井県敦賀市金ヶ崎町1-1 交通アクセス 北陸本線・北陸新幹線・小浜線・ハピラインふくい線 敦賀駅から徒歩で約35分。 敦賀駅からコミュニティバス「ぐるっと敦賀周遊バス(観光ルート)」で「金崎宮」停留所下車、徒歩4分。 周辺情報 敦賀港 - 金ヶ崎緑地 - きらめきみなと館 - 旧敦賀港駅舎 - 赤レンガ倉庫 - 洲崎の高灯籠 敦賀市立博物館 みなとつるが山車会館 紙わらべ資料館 天満神社 氣比神宮 気比松原 - 西へ約2.0km 関連図書 安津素彦・梅田義彦編集兼監修者『神道辞典』神社新報社、1968年、21頁 白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』東京堂出版、1979年、100頁 脚注 [脚注の使い方] [1]“金ヶ崎公園が「日本の歴史公園100選」に選ばれました”. 敦賀市都市政策課. 2017年2月26日閲覧。 [2]原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、74頁。ISBN 978-4-10-320523-4。 [3]宮内庁『昭和天皇実録第七』東京書籍、2016年3月30日、332頁。ISBN 978-4-487-74407-7。 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、金崎宮に関連するカテゴリがあります。 建武の新政 御船遊管絃祭 南北朝時代の戦いにちなんだ祭事 外部リンク 金崎宮 - 公式サイト 絹掛神社 - 公式サイトこの項目は、神道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 神道/ウィキプロジェクト 神道)。表示編集 Related Articles