維新立藩 From Wikipedia, the free encyclopedia 維新立藩(いしんりっぱん)は、慶応3年(1867年)の大政奉還以降に立藩された藩の総称。維新後立藩とも呼ばれる。 大政奉還以降も、版籍奉還を経て明治4年(1871年)の廃藩置県まで藩による統治は行われていた。将軍として藩を持たなかった徳川宗家による駿府藩の立藩、琉球王国を琉球藩とした他に、以下が存在する。 御三卿 田安藩(田安徳川家) 一橋藩(一橋徳川家) 清水徳川家は立藩していない[1]。 御三家付家老 田辺藩 3万8千石 安藤家(紀州藩) 新宮藩 3万5千石 水野家(紀州藩) 犬山藩 3万5千石 成瀬家(尾張藩) 今尾藩 3万石 竹越家(尾張藩) 松岡藩 2万5千石 中山家(水戸藩) 支藩 岩国藩 6万石 吉川家 福本藩 1万573石 池田家 表向御礼衆交代寄合から維新加増や石直しにより、1万石以上の大名となる資格を得て藩となったもの 矢島藩 1万5千2百石 生駒家 成羽藩 1万2746石 山崎家 村岡藩 1万1千石 山名家 志筑藩 1万110石 本堂家 田原本藩 1万石 平野家 備考 堀江藩(大沢家)は、石直により1万石を有するとして立藩したが、実高5485石に開墾予定地として新田内高4521石を含めており、明治政府の再調査により虚偽申告が判明、当主大沢基寿は華族から士族に身分を落とされたほか、禁錮1年の刑を受けた。 脚注 ↑ 当主の徳川昭武(旧幕府の使節団として訪欧後に留学中)が水戸藩主を継ぐことが決まっており、事実上当主が不在であったため。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles