網引駅
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- 1915年(大正4年)3月3日:播州鉄道の粟生駅 - 北条町駅間開通と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始[1]。
- 1923年(大正12年)12月21日:路線譲渡により播丹鉄道の駅となる[2]。
- 1943年(昭和18年)6月1日:播丹鉄道の国有化により鉄道省(のちに日本国有鉄道)の駅となる[2]。
- 1945年(昭和20年)3月31日:当駅北西の鶉野飛行場で試験飛行をしていた日本海軍の戦闘機「紫電改」が法華口駅との間の線路をかすめて不時着。そのため線路がゆがみ、直後に通過した上り列車が転覆。死者11人、負傷者104人の大惨事となった[1][3]。北条線列車脱線転覆事故を参照。
- 1962年(昭和37年)3月1日:貨物の取扱を廃止[2]。
- 1973年(昭和48年)10月1日:荷物扱い廃止[4]。無人駅となる[5](ただし、1年間のみ日中に限り駅員を一人配置[6])。
- 1984年(昭和59年)6月:放火により駅舎を焼失[1][7]。
- 1985年(昭和60年)4月1日:北条鉄道の駅となる[2]。
- 2003年(平成15年)8月8日:「列車転覆事故殉難の地」と書いた慰霊看板を駅に設置[8]。
- 2012年(平成24年)1月:トイレ新築[9]。
- 2013年(平成25年)
- 2014年(平成26年)2月:ホーム反対側に庭園完成。
駅構造
単式ホーム1面1線を有する地上駅[1]。ホームは線路の北側に置かれている。現駅舎は2013年(平成25年)2月19日に再建されたものである[7]。道路からの段差は無い。
駅前にはイチョウの大木があり、加西市の「ふるさとの樹」に指定されていることを示す札が掲げられている。また、駅の北側、田原方に「列車転覆事故殉難の地」碑が建立されている(事故については歴史の節に詳述)。駅の田原方には網引第4踏切があり、駅の南側に抜けることも可能である。
旧駅舎は1984年6月放火により焼失したが、前記の通り、2013年2月19日に再建された[7][11]。駅周辺は播磨中央自転車道中間点休憩所として、最新式多目的トイレ、駐車場、駐輪場、花壇が整備され[10]、地域住民との交流を広げる憩いの場としても活用されている。
- 網引駅全景
- ホーム風景
- 駅前にある紅葉したイチョウの大木
- 待合室風景
利用状況
| 1日乗降人員推移[12] | |
|---|---|
| 年度 | 1日平均人数 |
| 2011年 | 50 |
| 2012年 | 30 |
| 2013年 | 40 |
| 2014年 | 44 |
| 2015年 | 64 |
| 2016年 | 81 |
| 2017年 | 44 |
| 2018年 | 55 |
| 2019年 | 72 |
| 2020年 | 34 |
| 2021年 | 64 |
| 2022年 | 47 |
駅周辺
駅付近は田畑が広がるが、駅北側には集落や駐在所がある。加古川の支流である下里川と万願寺川は、駅南方で合流する。加西南産業団地は駅南側にあり、そこから更に南へ進むと網引湿原(※兵庫県の指定文化財[13][14])に至る。
- 新鮮野菜直売所あびき
- 加西警察署 網引駐在所
- 加西南産業団地
- 兵庫県道79号高砂加古川加西線
- 兵庫県道81号小野香寺線
- 兵庫県道572号播磨中央自転車道線
- 万願寺川
- 下里川
