線路のない時刻表
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| 線路のない時刻表 | ||
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| 著者 | 宮脇俊三 | |
| 発行日 | 1986年5月1日 | |
| 発行元 | 新潮社 | |
| ジャンル | 紀行 | |
| 国 |
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| 言語 | 日本語 | |
| 形態 | 単行本 | |
| ページ数 | 187 | |
| 公式サイト | 講談社 | |
| コード | ISBN 9784103335054 | |
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「線路のない時刻表」(せんろのないじこくひょう)は、紀行作家・宮脇俊三の紀行集である[1]。1986年に新潮社から単行本が出版された[2]。
構成
下記の7つのルポとあとがきが新潮社版・新潮文庫版では収録され、全線開通版である講談社文庫版・講談社学術文庫版ではそれに加えさらに『「三陸鉄道」奮闘す』を除く6編の開通後の様子、『全線開通版あとがき』などが収録されている。
陰陽連絡新線の夢と現実──智頭線
建設が一時凍結された路線である[1]。1987年に建設が再開し、智頭急行智頭線として1994年に開通した[1][5]。
白き湖底の町にて──北越北線
建設が一時凍結された路線である[1]。1985年に建設が再開し、北越急行ほくほく線として1997年に開通した[5]。
建設と廃線の谷間で──三陸縦貫線
建設が一時凍結された路線である[1]。1984年に全線が三陸鉄道北リアス線・南リアス線として開通し、盛駅 - 吉原駅間、宮古駅 - 久慈駅間が三陸鉄道に転換された[5]。なお、現在では全線が三陸鉄道リアス線となっている[5]。
この項の開業後については、後述の『「三陸鉄道」奮闘す』にて取り上げられている。
断層のある村で──樽見線
建設が一時凍結された路線である。大垣駅 - 神海駅が1984年に国鉄から樽見鉄道に転換されたのち、1989年に神海駅 - 樽見駅間が開通し樽見鉄道樽見線として全通した[1][5][6]。
落日と流刑の港町にて──宿毛線
建設が一時凍結された路線である。1987年に建設が再開し、1997年に土佐くろしお鉄道宿毛線として全通した[1][5][7]。本書に掲載されている路線の中で最も遅く全通した路線である[1]。
瀬戸大橋に鉄道が走る日
当時まだ完成していないものの在来線列車が通ることが確実な路線である。1988年に四国旅客鉄道(JR四国)本四備讃線として開通した[1][5]。
宮脇によれば、四国側のメディアからは多くの問い合わせがあったものの、本州側からは1件もなかったという[1]。
青函トンネル紀行
当時まだ完成していないものの在来線列車が通ることが確実な路線である。1988年に北海道旅客鉄道(JR北海道)海峡線として開通した[1][5]。
書き下ろしである[1]。
「三陸鉄道」奮闘す
1984年に全線が開通した三陸鉄道についての開業後のルポである[1]。この項については、架空の時刻表ではなく実際の時刻表が添付されている[1]。