美濃国諸旧記
From Wikipedia, the free encyclopedia
作者は不詳、編纂時期も不明だが、卷之四加納城の條に寛永16年(1639年)の記事があるため、寛永末期または正保の成立とみられる[1]。
平安時代の土岐氏や、明智氏を含む土岐庶流、美濃斎藤氏の多くの事跡が詳細に記述されており、多くの逸話の出典となっている。なお、斎藤道三の国盗りについては一代説で記述されている。ただし、前述の通り著者が不明の軍記物であり、一次史料と一致しない記載が多く見つかっている。
1915年に、黒川真道が編纂した『国史叢書』の一冊として翻刻・刊行されている[2]。『国史叢書』の翻刻には誤りがある可能性も指摘されているが(織田信秀の法名を「排岩」としているが、これは実際の法号「桃巌」の崩し字の読み違いと推測される[3])、原本の所在は2014年現在不明となっており[4]、原本で確認することができない[5]。