羽栗吉麻呂 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 奈良時代生誕 不明死没 不明氏族 無姓 凡例羽栗吉麻呂時代 奈良時代生誕 不明死没 不明氏族 無姓子 翼、翔テンプレートを表示 羽栗 吉麻呂(はぐり の よしまろ)は、奈良時代の人物。姓はなし。 羽栗氏(葉栗氏)は春日氏の一族で[1]、氏の名は山城国久世郡羽栗郷(現在の京都府久世郡久御山町佐山付近)の地名に因む[2]。 養老元年(717年)の第9次遣唐使で留学生・阿倍仲麻呂の傔人(従者)として渡唐する。翌養老2年(718年)遣唐使節の帰国に同行せず、仲麻呂と共に唐に留まる。その後、唐人女性と結婚し、唐で翼・翔の二子を儲ける。天平5年(733年)多治比広成が率いる第10次遣唐使が来唐し、阿倍仲麻呂はそのまま唐に留まったが、吉麻呂は息子らと共に帰国の途につき、天平6年(734年)無事帰国を果たした[3]。 天平8年(736年)に新羅に渡った第20次遣新羅使の使節が詠んだ和歌の中に『羽栗』作のものがあり、これが吉麻呂によるものであるとする説がある[要出典]。これが事実ならば、羽栗吉麻呂はこの遣新羅使にも加わっていたことになる。 脚注 ↑ 『新撰姓氏録』左京皇別 ↑ 佐伯[1994: 365] ↑ 『日本後紀』延暦17年5月27日条 参考文献 森田悌『日本後紀 (上)』講談社〈講談社学術文庫〉、2006年 佐伯有清編『日本古代氏族事典』雄山閣出版、1994年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles