耶律特麼 From Wikipedia, the free encyclopedia 耶律 特麼(やりつ とくま、生没年不詳)は、遼(契丹)の軍人・政治家。 季父房の末裔。重熙年間、北剋となり、奚六部禿里太尉に累進した。 太安4年(1088年)、倒塌嶺節度使となった。ほどなく禁軍都監となった。この年の冬、磨古斯(マルクズ)を討ち、2000人あまりを斬首した。太安10年(1094年)、再び磨古斯を討った。凱旋すると、南院宣徽使に任じられた。寿昌元年(1095年)、北院大王となった。寿昌4年(1098年)、知黄龍府事となり、死去した。 伝記資料 『遼史』巻95 列伝第25 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles