聖霊中学校・高等学校
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| 聖霊中学校・高等学校 | |
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|
聖霊中学校・高等学校の東門付近 (2021年9月) | |
北緯35度12分18.864秒 東経137度6分29.196秒 / 北緯35.20524000度 東経137.10811000度座標: 北緯35度12分18.864秒 東経137度6分29.196秒 / 北緯35.20524000度 東経137.10811000度 | |
| 過去の名称 | 名古屋聖霊中学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人南山学園 |
| 設立年月日 | |
| 創立記念日 | 11月1日[注釈 1] |
| 共学・別学 | 女子校 |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 学校コード |
C123310000152 (中学校) D123310000301 (高等学校) |
| 高校コード | 23534C |
| 所在地 |
〒489-0863 愛知県瀬戸市せいれい町2番地 |
| 外部リンク |
www |
聖霊中学校・高等学校 (せいれい ちゅうがっこう・こうとうがっこう、英: Seirei Junior & Senior High School)は、愛知県瀬戸市せいれい町にある私立中高一貫校。
教育方針 / 特徴
沿革
聖霊中学校・高等学校の沿革については、以下のとおりである[5]。
- 1948年(昭和23年)4月 - 聖霊会が設立母体となり、財団法人名古屋聖霊学園を設立[6]。
- 1949年(昭和24年)
- 1951年(昭和26年)
- 1952年(昭和27年)4月1日 - 高等学校を開設[6]。
- 1964年(昭和39年) - 新校舎竣工。
- 1968年(昭和43年)4月1日 - 住居表示の実施に伴い、所在地の表記が「名古屋市中区南外堀町6丁目1番地[10]」から「名古屋市中区三の丸2丁目1番1号[11]」へ変更。
- 1970年(昭和45年)4月 - 愛知県瀬戸市(現在地)に移転。
- 1978年(昭和53年)4月1日 - 2学期制から3学期制に変更。
- 1981年(昭和56年)3月31日 - 新町名の創設により所在地の表記が「瀬戸市大字山口字北山220番地194[12]」から「瀬戸市せいれい町2番地[13]」へ変更。
- 1995年(平成7年)6月 - 神言修道会を設立母体とする学校法人南山学園と法人合併[6]。
- 1998年(平成10年) - 全校舎冷房整備。
- 1999年(平成11年) - 創立50周年にあたり、記念式典や行事を挙行。
- 2020年(令和2年)4月 - 南山大学の旧瀬戸キャンパス内に竣工した新校舎に移転。
- 2021年(令和3年)7月 - 女子ソフトボール部がインターハイに初出場した。準々決勝まで進出[14][15]。
部活動
中学校
運動部 ・同好会
- バスケットボール部
- バレーボール部
- テニス部
- 水泳部
- ソフトボール部
- 空手部
- 卓球部
- ゴルフ部
- バドミントン部
- 少林寺拳法部
- チアリーディング部
- 陸上部
- ダンス部
- ラクロス同好会
文化部・同好会
- 放送部
- 演劇部
- アニメーション部
- 聖歌隊部
- オーケストラ部
- 英語スピーチ部
- 琴曲部
- 手芸部
- DAC[注釈 3]部
- 茶道部
- 和太鼓部
- LIC(図書館改善委員会)同好会
- コンピュータ同好会
- 軽音楽部同好会
- 科学研究同好会
高等学校
運動部・同好会
- バスケットボール部
- バレーボール部
- テニス部
- ソフトボール部
- 少林寺拳法部
- 卓球部
- ゴルフ部
- バドミントン部
- チアリーディング部
- 陸上部
- ダンス部
- ラクロス同好会
文化部・同好会
- DAC部
- 放送部
- 演劇部
- アニメーション部
- 聖歌隊部
- オーケストラ部
- 美術部
- 軽音楽部
- 英語スピーチ部
- 箏曲部
- 茶道部
- 和太鼓部
- LIC(図書館)同好会
- 服飾同好会
不祥事
女子ソフトボール部主将自殺事件
2022年4月19日、愛知県瀬戸市の私立聖霊高等学校において、女子ソフトボール部で主将を務めていた2年生の女子生徒が自死した事件(指導死)。
事件の発生と不適切指導
2021年7月末、女子ソフトボール部はインターハイに初出場し準々決勝に進出した[14][15]。大会後、2年生の生徒が顧問の男性教諭から指名され主将に就任したが、1年次からの腰の負傷によりプレーの不調に悩んでいた[16][17]。顧問とは主将として連絡を取ることもあり良好な関係だった[18]。
2022年4月19日、打撃練習中のミスに対し、顧問は「お前はもういらない」「キャプテンに向いていない」など、人格や存在を否定する暴言を伴う強い叱責を行い、生徒は同日帰宅後に自死した[17][19]。
学校側の初期対応と隠蔽の指摘
事件直後、学校側は生徒らに対し、死因を「交通事故」と虚偽の説明を行った[20][21][17][22]。
2022年5月1日 葬儀において遺族が「死因は自死である」と公表[17]。同月、愛知県は遺族からの問い合わせにより事案を把握した[23]。
2022年5月18日 遺族の代理人弁護士は学校側に内容証明郵便を送付し「学校として調査を実施していただきたい」と通知した。
2022年12月16日 遺族の代理人弁護士は「遺族はより詳細な調査を望んでいる」と伝えた[24]
2023年1月18日、学校側は「自殺の背景を総合的に分析することは困難」とする調査結果を報告した[19][24]。
第三者委員会の設置と認定
2023年6月、遺族の要望を受ける形で学校側は第三者委員会(弁護士2人、教育関係の専門家1人、精神科医1人の計4人で構成)を設置[24]。
2024年9月3日、第三者委員会は調査報告書を公表し、『顧問の指導は「存在価値を否定し深く傷つける暴言」であり、自死の一因となった可能性』を認定。調査報告書は『遺族の思いに反し不信感を抱かせることになった』と指摘[24][25]。池田真一副校長は「隠蔽するつもりはなかったが、遺族の思いと乖離したものとなり、深く反省し、おわびしたい。第三者委の報告書を真摯に受け止め、今後も遺族とは丁寧に話を進めていきたい」と述べ[17]、「男性顧問は『記憶にない』[25]『心理の変化に気づけず、フォローができなかったことは反省している』と話した」と学校側が伝えた[17]。
しかし、学校法人はこの第三者委員会による報告書を愛知県県民文化局学事振興課私学振興室へ提出せず、報告を怠った(これが9月11日の釈明につながる)[24][26]。その間も、当該顧問は部活動の指導を継続していた[24]。
社会問題化と公的認定
2024年9月9日 中日新聞の報道により事件の全容が公となった[19][24]。
2024年9月10日 大村秀章愛知県知事は記者会見で、3年近く報告が途絶えていたことについて「一切報告がなかったのは、極めて遺憾。私学助成を750億円ほどやっている。教育には税金を使って対応している」と強く批判[23][25]。
2024年9月11日 学校側(副校長、事務長、事務局経営本部長、顧問弁護士の4人)が記者会見を開き、県への報告漏れについて「失念していた」と釈明した[26][17]。 続いて保護者説明会を開いた[25]。
2025年1月 日本スポーツ振興センターは本件を部活動の指導に起因する事故と認め、災害共済給付の支払いを決定[19]。
2025年6月 これを受け、学校側は顧問の指導を8月で終了させることを決定[19]。
2025年11月2日 朝日新聞は社説にて本事件をピックアップし、「非教員も含めた指導者に対し、威圧的な手法に頼らない科学的な指導やハラスメント防止を学ぶ研修を義務づけることが急務」[27]としている。
交通
スクールバス
スクールバス(「学園バス」または「聖友会通学バス」と呼称)は、以下の11系統で運行され、全校生徒の90%が利用している[28][29]。

(2018年2月)
- 上社線(KY) - 起点は、上社バスターミナル。
- 藤が丘線(FG) - 起点は、名鉄バス停「極楽東」最寄りの極楽保育園前。
- 竹越線(TK) - 起点は、名鉄バス停「富が丘」。
- 植田線(UD) - 起点は、名古屋市営地下鉄鶴舞線の植田駅最寄りのファミリーマート前。梅森石神経由と赤池経由の2路線がある。
- 日進線(NS) - 起点は、名鉄バス停「中三本木」。
- 豊田線(TT) - 起点は、愛知環状鉄道・愛知環状鉄道線(以下「愛環」と省略)の新豊田駅東口ロータリー内。四郷経由と三好丘経由の2路線がある。
- 多治見線(TJ) - 起点は、多治見駅南出口から徒歩2分のうなぎ料理店前。
- 山口線 – 起点は、愛環の山口駅。
- 藤岡線(FO) - 起点は、「中山インター北」交差点から南40メートル地点。
- みどり線(MD) - 起点は、鳴子町3丁目にある鳴子藤川公園前。
- 守山瀬戸線(MS) - 起点は、「守山イオン」。
鉄道
著名な出身者
校長
- 現職:マイケル・リンストロム[30]

