自由エネルギー関係
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自由エネルギー関係(じゆうエネルギーかんけい、英: free-energy relationship)またはギブズ(英: Gibbs)のエネルギー関係とは、ある一連の化学反応または酵素反応のギブズの自由エネルギー変化ΔGと、関連する別の一連の反応のΔGを関連付ける[1]。ここで、ΔGは反応の2つの状態のギブズエネルギーレベルの差を表す。自由エネルギー関係が確立されれば化学反応の反応機構を理解でき、更には速度定数や平衡定数の予測が可能となる。
反応系列とは、化学反応物または酵素基質に含まれる置換基の変更、あるいは酵素タンパク質へのアミノ酸変異の導入により生ずる構造の系統的な改変を指す。この他、溶媒の種類などの反応条件を変化させる場合も含まれる。多くの場合、2つの反応系列のギブズの自由エネルギー変化(ΔG1およびΔG2と表記)の関係は、線形相関で近似できる。この線形関係を自由エネルギー直線関係(英: Linear Free Energy Relationship)という[2]。LFERと略記して使われることが多い。LFERは一般的に次のように表される。ここで、α と β は反応系列に特有の経験的なパラメータである。
国際純正応用化学連合(IUPAC)は自由エネルギー直線関係の代わりにギブズエネルギー直線関係(英: linear Gibbs energy relation) という用語を推奨しているが、文献では自由エネルギー直線関係が依然として広く使用されている[1]。
特定の反応物、基質、または酵素変異体を基準状態rとして選択すると、
したがって、
ここで、ΔΔGはΔG値と基準値ΔGrとの差を表す。この式では、2つのΔΔGの関係は原点を通る比例関係となり、2つの反応系列の自由エネルギー変化間の直線関係が明確になる。
反応座標に沿った熱力学的状態は、安定状態と不安定状態に分類される。安定状態は自由エネルギー曲面上の極小値に対応し、不安定状態は極大値に対応する。
二つの安定状態間の標準状態の自由エネルギー差ΔG°は平衡定数Kと次の等号関係がある。
ここで、R は気体定数、T は絶対温度、2.303 は自然対数を常用対数に変換するための係数である。
安定状態と反応経路上の最も不安定な状態である遷移状態との間の自由エネルギー差、すなわち、活性化自由エネルギー ΔG‡は、速度定数k と次式の関係にある。
ここで、A は温度に依存しない定数、または温度の関数であり、採用する物理モデルに依存する。逆反応の場合、速度定数k' は活性化自由エネルギーΔG'‡と次の関係にある。
広義の自由エネルギー関係には、関連する反応におけるΔG°値間またはΔG‡値間の相関が含まれる。しかし、一般的にはこの用語はΔG‡とΔG°間の相関を表すために用いられる。実験的に直接得ることができる量で表すと、log k とlog K 間の相関に相当する。この形式を反応速度・平衡自由エネルギー関係(英: Rate-Equilibrium Free Energy Relationship, REFER)という。
REFERを使用すると、自由エネルギー直線関係は次のように表される。
あるいは、r を基準状態として、
これは次のようにも表現できる。
平衡定数K は、初期安定状態と最終安定状態の間の自由エネルギーレベルの差によってのみ決定され、反応経路に関わらず不変である。一方、反応速度定数k は反応経路と遷移状態に依存する。そのため、k とK の間に単純な相関関係があることは期待できないと考えることは自然なことである。にもかかわらず、k とK の間に直線相関が存在することは、自由エネルギー直線関係の重要性を示している。
化学における自由エネルギー直線関係のよく知られた例として、反応速度論で汎用されるブレンステッド則(Brønsted) [3]とハメット則(Hammett)[4]がある。
ブレンステッドの式は、酸触媒反応の速度定数 k と触媒の酸解離定数Ka の間の LFER を表す。
ここで、である。比例定数αは遷移状態におけるプロトン移動の程度を反映する。αの値が1に近いほどプロトン(水素イオン)移動が大きいことを示し、0に近いほどプロトン移動が小さいことを示す。
ハメットの式は次のように表される。
ここで、kX はパラ位またはメタ位に置換基Xを有する安息香酸(C6H5COOH)誘導体の反応速度定数、kH は無置換安息香酸(X = H)の反応速度定数、KX およびKH は安息香酸誘導体および安息香酸の酸解離定数である。
次式で定義される、
σはハメット置換基定数として知られ、置換基の電子的性質を特徴づける。σは、定量的構造活性相関(QSAR)および定量的構造物性相関(QSPR)の記述子(英: descriptor)として広く用いられる。一方、比例定数ρは、置換基の電子的効果に対する反応の感度を示す。ρの値が正の場合、遷移状態における電子密度は反応物と比較して増加し、負の場合、電子密度は減少する。
これらの古典的な例以外にも、エドワーズ(Edwards)式は求核性を分極率と塩基性度の両方に関連付ける [5][6]。一方、マーカス理論(Marcus theory)は、化学反応において電子が移動する反応の速度(電子移動速度)を記述するための理論である[7][8]。反応障壁の高さが反応自由エネルギーの 2 乗に依存する自由エネルギー2次関数関係 (英: Quadratic Free Energy Relationship, QFER) の例である。
生化学分野
生物物理学分野
LFER解析はタンパク質分子のフォールディング解析にも適用できる。高濃度の尿素や塩酸グアニジンなどの変性剤の存在下ではタンパク質分子は変性していて、安定な立体構造は存在しない。変性剤を除去すると、マイクロ秒からミリ秒の短い時間スケールで、タンパク質分子は天然状態の立体構造を形成する。この巻き戻り過程をタンパク質のリフォールディングという。フォールディング解析とアミノ酸変異の導入を組み合わせたφ値解析は、リフォールディング反応の遷移状態を調べるための実験手法である[11]。φ値は、遷移状態において変異したアミノ酸残基の側鎖の周囲において天然状態に見られる相互作用がどの程度形成されているかを表す[12]。理想的なケースでは、φ値は0または1のいずれかであり、それぞれ完全に変性または完全に形成された天然相互作用を表すが、実験的に決定される値は通常0と1の間にある。
残基ベースのLFER(英: Residue-Based LFER)は、単一のタンパク質分子内の複数のアミノ酸残基を局所プローブとして使い、単一の実験条件下でタンパク質分子の構造変化を観測する、自由エネルギー直線関係の特別なケースである[13][14]。このアプローチは、小規模な揺らぎ(英: fluctuation)から、標的タンパク質との会合にカップルした天然変性タンパク質(英: Intrinsically Disordered Protein, IDP)のコンホメーション変化のような大きな構造変化まで、幅広いタンパク質構造変化に適用可能である[15]。
残基ベースのLFERは、1983年に郷信弘によって提唱されたタンパク質の構造構築原理であるコンシステンシー原理[16]から数学演繹的に導出できる[17]。残基ベースのLFERとさらに一般化した残基ベースのQFERは、タンパク質構造変化の遷移状態に関する残基レベルの情報を提供する。得られる情報はφ値と等価であることが示されている[18]。さらに、アミノ酸置換を局所プローブ測定と組み合わせることで、残基ベースのLFERとQFERの適用範囲を広げることができる[18]。