自由ロシアの讃歌

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国歌の楽器録音

自由ロシアの讃歌(じゆうロシアのさんか、: Гимн Свободной России: Anthem of Free Russia)は、1917年のロシア臨時政府時代の非公式の国歌[1]である。

2月革命後にロシア共和国に提案された国歌でもある。

この国歌はロシアの作曲家アレクサンドル・グレチャニノフによって作曲され、歌詞はコンスタンチン・バリモントによって書かれたが、ロシア臨時政府などに承認され国歌になる事はなかった。

なお、当時承認されていた公式国歌は「労働者のラ・マルセイエーズ」である。

グレチャニノフは、この国歌の音楽が未完成だったため、歌詞を作詞してもらおうと不満を持ったので、バリモントに連絡したとされる。また、この非公式の国歌が初めて公開されたは、エミール・クーパー監督の元、ボリショイ・カーメンヌイ劇場で公開されたのが始まりであった。

また、グレチャニノフがアメリカ合衆国に訪れた後、彼の友人であるクルトシンドラーと彼の妻はテキストをアメリカ英語に翻訳した。グレチャニノフは、1954年にニューヨークで出版された本「MyLife」にこの国歌について触れている。

歌詞

1926年のバージョン

1926年のバージョン

人気

この歌はロシア革命時に多くの人物に歌われていた。ロシア臨時政府時代も国民の間に人気があったとされる。また、ラジオ・フリー・ヨーロッパの設立後、この曲がインターバル・シグナルとして使用されるほどの人気だったという。ソビエト連邦でも38年連続で、何百万人もの国民が、曲の出所に関係なく、積極的に曲を聴いていたとされる[2]

出典

関連項目

外部リンク

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