個展を開くためにパリに渡ったフリーダであったが、実際に開かれたのはメキシコ展と題された展覧会であった。フリーダは本作を含む17枚を出展している。
パリでのフリーダは芸術家や評論家から高い評価を受けたが、戦争の脅威が迫る社会情勢もあり販売できたのは本作のみであった。購入したのはルーヴル美術館で、本作は初めてルーヴルの殿堂入りを果たしたラテンアメリカの作品となった。フリーダの夫ディエゴ・リベラは、この事を生涯の誇りとしていた。
本作を見たパブロ・ピカソはディエゴに次のような賛辞を送っている。
アンドレ・ドランも君も私も、フリーダの肖像画のような顔を描くことは決してできないだろう
— パブロ・ピカソ。