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自転車キンクリート

日本の劇団 From Wikipedia, the free encyclopedia

自転車キンクリート(じてんしゃきんくりーと)は日本劇団1982年日本女子大学在学中のメンバーを中心に結成された。当初のキャッチフレーズは「躍進するお嬢さん芸」。略称は「じてキン」。

プロデュース公演の名称は「自転車キンクリートSTORE」。当初は「自転車キンクリーツカンパニープロデュース公演」として上演してきたが、1996年7月の『蠅取り紙(山田家の5人兄妹)』から「自転車キンクリートSTORE」と名称を改めた。

テレンス・ラティガン作品の3作連続上演で第13回湯浅芳子賞を受賞のほか、4人の劇作家が書き下ろした4作品を連続上演した、自転車キンクリートSTORE「富士見町アパートメント」が評価され、演出の鈴木裕美は2010年度(第61回)芸術選奨文部科学大臣賞新人賞を受賞した。

概要

日本女子大学附属高校時代の演劇部のメンバーが大学進学後に結成。高校時代の演劇部では田山涼成がコーチを務めていた[1]。このほか先輩に二兎社大石静がおり、永井愛と演劇部に来た際に2人から指導を受けたこともある[2]

大学生になり、早稲田大学演劇研究会の説明会に参加したところ、「(劇研に参加すると授業に出る暇がなく)大学を4年で卒業できません」といった旨の話があり困惑したことや[1]、他の劇団では女性のキャラクターが少なく、綺麗な人がヒロインをやっていて、「私たちはお呼びではない」と感じそれと同時に、女の子のタイプは「あれだけじゃない、もっといろんなタイプの子がいるし私もっと知ってる」と感じたこともあり自分達にも出番が与えられるような芝居を作ろうと劇団「自転車キンクリート」を作るに至った[3]

また、高校生の頃に鈴木裕美が蜷川幸雄のオーディションを受けていて(この時は鈴木は落ちてしまったが)、知り合った女性が早稲田大学に進学しておりそのつながりで、横内謙介木原実加納幸和篠井英介との交流があった[1]

その後、鈴木は大学3年生のときに受けた蜷川スタジオのオーディションに合格し、1985年から1986年の間、女優として蜷川スタジオに通っていた。その頃に蜷川の演出家としてのあり方を間近で見たことが、自身の演出家としての部分に大きな影響を受けた[1]

1986年の『MIDNIGHT UPRIGHT うしみつ時のピアノ』上演時、メンバーはすでに企業に就職していて業務終了後に集まり翌4時まで稽古、仮眠後に出勤というような状況であったが、この頃に観客動員数が初めて1000人を超えた[4]

メンバー

出典:[5]

このほか、佐藤二朗も1997年頃から2000年頃まで「自転車キンクリート」に所属していた[6]

自転車キンクリーツカンパニー

概要 種類, 本社所在地 ...
有限会社自転車キンクリーツカンパニー
種類 有限会社
本社所在地 日本の旗 日本
156-0052
東京都世田谷区経堂1丁目25番15号
業種 サービス業
法人番号 5010902026260
外部リンク 自転車キンクリーツカンパニー
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1990年に「自転車キンクリーツカンパニー」として有限会社化[7]。「自転車キンクリーツカンパニーの所属者」全員が「自転車キンクリートのメンバー」というわけではなく、自転車キンクリートの公演への出演の際は出演交渉をしていた[注 1]

主な所属者

公式サイトより

  • 飯島早苗
  • 池田貴美子
  • 歌川椎子
  • 柳橋りん(やなぎばしりん)
  • 柳岡香里(やなぎおかかおり)
  • 松坂早苗(まつざかさなえ)
  • 樋渡真司
  • 久松信美
  • 岡田正(おかだただし)
  • 藤本浩二
  • 間瀬英正(ませひでまさ)
  • 真田幹也

過去の所属者

  • 鹿野良太(かのりょうた)[注 2]

主な公演

自転車キンクリート

さらに見る 年, タイトル ...
公演一覧
タイトル日程会場備考
1982年 荒野の貧乏性12月パモス青芸館[5]
1983年 突撃ピース隊7月[5]
1984年 ありがちなはなし
―熱血少女若き日のあやまち篇
4月[5]
1985年 フリーズドライハリケーン
(ストローで飲む暴風雨)
1月11日 - 13日タイニイアリス[5]
炎天下御免・バーミリオンの仕業8月[11][5]
1986年 虎ノ巻・切りかけのオベリスク3月22日 - 26日シアターグリーン[5]
MIDNIGHT UPRIGHT
うしみつ時のピアノ
9月19日 - 21日渋谷ジァン・ジァン[5]
1987年 SINDBAD・HI-NOON2月[12]
シャンデリア・トラブル7月31日 - 8月5日タイニイアリス[13]
りんご畑のマーティン・ピピン11月青山円形劇場[14]
1988年 リンゴ畑のマーティン・ピピンその21月10日 - 16日青山円形劇場[15]
ほどける呼吸6月1日 - 30日文芸坐ル・ピリエ[16]
MIDNIGHT UPRIGHT11月2日 - 10日紀伊國屋ホール[17]
1989年 水に絵を描く4月27日 - 5月7日スペース・ゼロ[18]
ガールフレンド11月紀伊國屋ホール 他[19]
1990年 MUTE 3月19日 - 31日恵比寿ファクトリー [20]
4月7日 - 10日近鉄アート館
しっぽを掴まれた夏8月紀伊國屋ホール 他[21]
1991年 朝は、七時英語版7月 - 8月紀伊國屋ホール 他[22][注 3]
ありがちなはなし10月[25]
1993年 DUMMY2月23日 - 3月6日紀伊国屋ホール他[26]
ピロートーク 6月3日 - 20日紀伊國屋ホール [27][28]
6月24日 - 27日近鉄小劇場
7月1日 - 3日道新ホール
1994年 蠅取り紙7月27日 - 8月8日紀伊國屋ホール[29]
ダイヤルMを廻せ!8月 - 9月[30]
1995年 ソープオペラ8月3日 - 23日紀伊國屋ホール [31]
9月1日 - 3日近鉄小劇場
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自転車キンクリートSTORE

さらに見る 年, タイトル ...
公演一覧
タイトル日程会場備考
1992年 トランクス 1月19日 - 26日紀伊國屋ホール [32]
2月8日・9日近鉄小劇場
1993年 Sweet On1月6日 - 11日渋谷BEAMホール[33]
絢爛とか爛漫とか8月11日 - 29日新宿シアタートップス[34][35]
1994年 トランクス3月新宿シアターアプル[36]
マーキームーン10月13日 - 17日青山円形劇場[37]
法王庁の避妊法12月10日 - 19日全労済ホール / スペース・ゼロ[38][39]
1995年 無愛想な奥様4月12日 - 20日新宿シアターアプル[40][41]
1996年 ポルカ2月28日 - 3月20日新宿シアタートップス[42]
蠅取り紙(山田家の5人兄弟) 7月1日 - 15日スペース・ゼロ [43]
7月25日 - 28日近鉄小劇場
1997年 第17捕虜収容所4月4日 - 6日近鉄アート館 [44]
4月9日 - 20日スペース・ゼロ
例の件だけど、7月10日 - 21日新宿紀伊國屋サザンシアター [45][46]
7月25日 - 27日近鉄小劇場
1998年 絢爛とか爛漫とか10月7日 - 20日紀伊國屋ホール [47]
10月23日 - 25日近鉄小劇場
休むに似たり3月11日 - 29日シアタートップス[48]
1999年 検察側の証人3月13日 - 24日紀伊國屋ホール [49]
3月27日・28日近鉄小劇場
マクベス12月9日 - 19日全労災ホール/スペース・ゼロ[50]
2000年 またもや!休むに似たり7月5日 - 23日シアタートップス
7月27日 - 30日近鉄アート館
8月1日三重県文化会館小ホール
OUT 11月29日 - 12月10日スペース・ゼロ [51]
12月14日 - 17日近鉄小劇場
2001年 第17捕虜収容所11月16日 - 25日紀伊國屋サザンシアター [52]
11月29日 - 12月2日近鉄小劇場
2002年
OUT2月13日 - 24日 PARCO劇場[53]
おーい、救けてくれ!10月15日・16日[54]
ダイアナ牧師の大穴11月30日 - 12月8日スペース・ゼロ[55]
2003年 人形の家10月2日 - 8日新宿シアタートップス[56]
2005年 海辺のお話3月俳優座劇場[57]
ウィンズロウ・ボーイ9月7日 - 18日俳優座劇場[58]
ブラウニング・バージョン10月20日 - 30日俳優座劇場[59]
セパレート・テーブルズ12月15日 - 23日全労災ホール/スペースゼロ[60]
2007年 ツーアウト10月17日 - 28日新宿シアタートップス[61]
2009年 29時1月 - 2月新宿シアタートップス[62]
2010年 富士見町アパートメント
Aプログラム
蓬莱竜太『魔女の夜』
赤堀雅秋『海へ』
Bプログラム
鄭義信『リバウンド』
マキノノゾミ『ポン助先生』
2月27日 - 3月14日座・高円寺1[63][64]
2011年 〆(しめ)3月16日 - 27日赤坂RED/THEATER[65]
2014年 サバイブ!9月13日 - 21日SPACE 雑遊[66]
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自転キン演劇部

  • ボクのおばさん(2012年12月4日 - 9日、SPACE雑遊)[67]

参考文献

  • 落合星文「今注目の!? PIC UP 5 part2 自転車キンクリート」『演劇ぶっく』4号、演劇ぶっく社、1986年11月1日、14–15頁。

脚注

外部リンク

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