興安寺 (文京区)

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1615年元和元年)、宗心によって開山された。宗心は俗名「蜂須賀武右衛門」という尾張国出身の武士であったが、本願寺第12世教如の下で出家し、「宗心」と称した。江戸幕府の求めに応じて江戸に赴き、幕臣大岡氏の組屋敷に一寺を構えた[1]

その後、幕臣の大岡氏は、宝蔵院流槍術丸橋忠弥道場用地を貸し、後に丸橋が慶安の変を起こした時、丸橋を庇ったことから改易となった。大岡氏から土地を借りていた当寺には特に処分はなかった[1]

現在、当寺は「正しい供養、あふれる生命(いのち)」を標語に掲げ[2]積極的に布教活動を進めている[独自研究?]

墓所

興安寺の過去帳には、江戸時代ロシア帝国に漂着し、帰国後は小石川薬草園に住んでいた大黒屋光太夫法名:釈道誓)と磯吉(法名:釈順誓)の名が記されている。そのため、両人の墓もこの寺の墓地にある可能性が高いが、現在は不詳になっている[1]

交通アクセス

出典

参考文献

外部リンク

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