1615年(元和元年)、宗心によって開山された。宗心は俗名「蜂須賀武右衛門」という尾張国出身の武士であったが、本願寺第12世教如の下で出家し、「宗心」と称した。江戸幕府の求めに応じて江戸に赴き、幕臣大岡氏の組屋敷に一寺を構えた。
その後、幕臣の大岡氏は、宝蔵院流槍術の丸橋忠弥に道場用地を貸し、後に丸橋が慶安の変を起こした時、丸橋を庇ったことから改易となった。大岡氏から土地を借りていた当寺には特に処分はなかった。
現在、当寺は「正しい供養、あふれる生命(いのち)」を標語に掲げ[2]、積極的に布教活動を進めている[独自研究?]。