舞鶴公園 (舞鶴市)

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所在地
京都府舞鶴市字南田辺
座標 北緯35度26分44.7秒 東経135度19分50.8秒 / 北緯35.445750度 東経135.330778度 / 35.445750; 135.330778座標: 北緯35度26分44.7秒 東経135度19分50.8秒 / 北緯35.445750度 東経135.330778度 / 35.445750; 135.330778
運営者 舞鶴市
公式サイト 舞鶴公園
舞鶴公園
舞鶴公園 (舞鶴市)の位置(京都府内)
舞鶴公園 (舞鶴市)
所在地
京都府舞鶴市字南田辺
座標 北緯35度26分44.7秒 東経135度19分50.8秒 / 北緯35.445750度 東経135.330778度 / 35.445750; 135.330778座標: 北緯35度26分44.7秒 東経135度19分50.8秒 / 北緯35.445750度 東経135.330778度 / 35.445750; 135.330778
運営者 舞鶴市
公式サイト 舞鶴公園
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舞鶴公園(まいづるこうえん)は、京都府舞鶴市田辺城跡地にある公園田辺城公園(たなべじょうこうえん)と呼ばれることもある。田辺城の本丸および二の丸の藩主邸の庭園に相当する。19,800m2は「田辺城址」として舞鶴市指定文化財(史跡)となっている。JR西日本および京都丹後鉄道西舞鶴駅から徒歩7分。

  • 城門 : 2階に田辺城資料館
  • 彰古館(復興二層櫓)
  • 自由広場・児童広場
  • 心種園

沿革

戦国時代には織田信長の命によって一色氏を滅ぼして丹後国を平定した細川幽斎田辺城を築いた。今日では桜の名所として知られる本丸跡であるが、100本の桜は丹後田辺藩の旧藩士によって植えられたとされている[1]。園内の庭園は幕末に「心種園」と名付けられており、脇には幽斎の歌碑が建てられている[2]

1940年(昭和15年)には実業家の有本国蔵から寄付を受け、西北隅の石垣の上に田辺城の隅櫓が復元され、彰古館と名付けられた[3]。彰古館では「糸井文庫」の錦絵資料を展示している。太平洋戦争時には空襲を避けるために彰古館が迷彩色で塗られ、戦後もしばらくは迷彩の塗装が残っていた[3]。1992年(平成4年)には『田辺府志』の図を基に城門(大手門)が復元され、その2階は田辺城資料館となっているが、復元された城門の規模が大きすぎるとして疑問も呈せられている。

田辺城資料館

脚注

外部リンク

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