花山院経定 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 鎌倉時代後期生誕 正安2年(1300年)死没 正中3年1月29日(1326年3月4日)官位 正三位、権中納言 凡例花山院経定時代 鎌倉時代後期生誕 正安2年(1300年)死没 正中3年1月29日(1326年3月4日)官位 正三位、権中納言主君 後二条天皇→花園天皇→後醍醐天皇 氏族 花山院家父母 父:花山院家定、母:六条有房の娘兄弟 良定、経定、花山院師賢室、長定、尊浄、尊兼、定伊、経雲、近衛経忠正室子 経家テンプレートを表示 花山院 経定(かさんのいん つねさだ)は、鎌倉時代後期の公卿。右大臣・花山院家定の次男。官位は正三位・権中納言。 以下、『公卿補任』、『尊卑分脈』の記事に従って記述する。 嘉元4年(1306年)6月12日、叙爵。 正和2年(1313年)8月7日、従五位上に昇叙。なお、前年に兄である良定が薨去している。同年11月7日、侍従に任ぜられる。 正和3年(1314年)1月5日、正五位下に昇叙。同年9月21日、少将を経ずに左中将に任ぜられた。 正和5年(1316年)1月5日、従四位下に昇叙。中将は元の如し。 文保元年(1317年)3月27日、陸奥介を兼ねる。 文保2年(1318年)1月5日、従四位上に昇叙。同年3月9日、春宮権亮を兼ね、4月1日には正四位下に昇叙。なお、同年8月には権大納言兼右大将であった父・家定が右大臣に任ぜられた。 元応元年(1319年)1月5日に父家定が従一位に叙せられ4月には右大臣を辞した。同年8月5日、参議に任ぜられ、10月21日には従三位に叙せられた。 元応2年(1320年)2月9日、讃岐権守を兼ねる。 元亨元年(1321年)3月11日、正三位に昇叙され、同年7月26日には権中納言に昇進。 元亨3年(1323年)6月15日、恐懼を受けたが、同月26日には出仕すべき許しを得た。 正中3年(1326年)1月29日、薨去。長男、次男と薨去した花山院家は家定の三男・長定が継ぐ事になった。 系譜 父:花山院家定(1283-1342) 母:六条有房の娘 妻:不詳 男子:花山院経家 参考文献 『公卿補任』(新訂増補国史大系)吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編集会(編) ※ 元応元年(1319年)に経定が参議となった時以降の記事。 『尊卑分脈』(新訂増補国史大系)吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編集会(編) ※「花山院経定」および「花山院家定」の項。 Related Articles