茂山宗彦
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茂山 宗彦(しげやま もとひこ、1975年〈昭和50年〉6月4日 [1]- )は、狂言方大蔵流の能楽師・俳優 [2]。重要無形文化財保持者(総合認定)。二世茂山七五三の長男[1]。
| しげやま もとひこ 茂山 宗彦 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1975年6月4日(50歳) |
| 出身地 |
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| 職業 | 狂言方大蔵流能楽師 |
| 活動期間 | 1979年- 現在 |
| 活動内容 |
1979年、『以呂波』のシテで初舞台 1989年、京都能楽養成会入会 1990年、『千歳』を披く 1994年、「花形狂言少年隊」を 結成。 1996年、『三番三』を披く 2000年、『釣狐』を披く 2007年、NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」に出演 2009年、『花子』を披く 2017年、日本能楽会会員(重要無形文化財保持者総合認定)となる |
| 配偶者 | あり(2007年に結婚) |
| 著名な家族 |
祖父:四世茂山千作(人間国宝・文化勲章受章者・日本芸術院会員) 伯父:五世茂山千作 父:二世茂山七五三(人間国宝) 弟:茂山逸平 甥:茂山慶和 従兄:十四世茂山千五郎 従弟:茂山茂 |
| 公式サイト | お豆腐狂言 茂山千五郎家 |
| 主な作品 | |
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『ふたりっ子』 『ちりとてちん』 『おちょやん』 | |
| 受賞 | |
| 京都府文化賞奨励賞 | |
1975年に、茂山眞吾(二世茂山七五三)の長男として生まれる[1]。
父、祖父四世茂山千作および曽祖父 三世茂山千作に師事し[3]、1979年、4歳のとき「以呂波」で初舞台を踏む[1]。愛称は「もっぴー」[4]。
1989年に京都能楽養成会に入会、1990年に「千歳」、1996年に「三番三」を披くなど活動を重ねるが[4]、狂言師としてやっていく決意をしたのは、2000年に「釣狐」を披いた頃であった[3][6]。
1994年、従弟の茂、弟の逸平とともに「花形狂言少年隊」を結成し、若い世代向けに活動する[7]。2000年からは、「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修練磨の会(TOPPA!)」を千三郎、正邦(現在の十四世千五郎)、逸平、茂、童司(現在の三世千之丞)と共に主催[3]。2006年からは正邦、茂、逸平、童司と共に「HANAGATA」として活動し[3]、2020年からは「Cutting Edge KYOGEN」に改称した[8]。
2009年に「花子」を披く。2014年に「京都府文化賞奨励賞」を受賞[9]し、2017年に日本能楽会会員(重要無形文化財保持者総合認定)となる[10]。
俳優としても活動し、2007年のNHK連続テレビ小説『ちりとてちん』の徒然亭小草若役と、その決め台詞「底抜けに…」がよく知られた[11]。その際のポーズは、宗彦本人が考案したものである[要出典]。
私生活では、2007年に結婚した[12]。釣りが趣味[要出典]。なお、性格は祖父によく似ており、衝突することがしばしばあったという[要出典]。
狂言以外の活動
- テレビドラマ
- ドキュメンタリー
- ミュージカル
- ニュース番組
- 『FNNスーパーニュースアンカー』(関西テレビ) - コメンテーター
- 『ぐるっと関西おひるまえ』(NHK、2008年4月 - ) - 司会
- テレビCM
- 『パテックス フェルビナク35』(第一三共ヘルスケア、2007年)