茂山茂
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| しげやま しげる 茂山 茂 | |
|---|---|
| 本名 | 茂山 茂(しげやま しげる) |
| 生年月日 | 1975年9月9日(49歳) |
| 出身地 |
|
| 職業 | 狂言方大蔵流能楽師 |
| 活動期間 | 1979年- 現在 |
| 活動内容 |
1979年、小舞『柳の下』で初舞台 1993年、『千歳』を披く 1994年、『三番三』を披く。同年、「花形狂言少年隊」を従兄弟の茂山宗彦・茂山逸平兄弟と結成 1998年、『釣狐』披く 2009年、『花子』を披く 2012年、「京都府文化賞奨励賞」受賞。 2017年、日本能楽会会員(重要無形文化財保持者総合認定)となる |
| 配偶者 | あり(2003年に結婚)[要出典] |
| 著名な家族 |
祖父:四世茂山千作(人間国宝・文化勲章受賞者・日本芸術院会員) 父:五世茂山千作 叔父:二世茂山七五三(人間国宝) 長男:茂山蓮 兄:十四世茂山千五郎 甥:茂山竜正 甥:茂山虎真 甥:茂山鳳仁 従兄:茂山宗彦 従弟:茂山逸平 従弟違:茂山慶和 |
| 公式サイト | お豆腐狂言 茂山千五郎家 |
| 受賞 | |
| 京都府文化賞奨励賞 | |
茂山 茂(しげやま しげる、1975年(昭和50年)9月9日 [1] - )は、狂言方大蔵流の能楽師。五世茂山千作(十三世茂山千五郎)の次男。重要無形文化財保持者(総合認定)、京都府文化賞奨励賞受賞者、京都能楽会副理事長。
1975年、茂山正義(五世千作・十三世千五郎)の次男として生まれる[2]。父親及び祖父の四世茂山千作、曽祖父の 三世茂山千作に師事[2]。初舞台は小舞の「柳の下」(1979年)[2]。
京都府立鴨沂高等学校卒業[1][3]。京都コンピュータ学院卒業[4]。
1993年に「千歳」を、1994年に「三番三」を披き、1998年には「釣狐」を披く[1]。
1994年、従兄弟の茂山宗彦、茂山逸平兄弟らと共に「花形狂言少年隊」を結成し、若い世代のファンを獲得する[2]。また、「狂言小劇場」を兄の正邦(現在の十四世千五郎)、従兄弟の宗彦・逸平と旗揚げし、東京での公演を行う[1]。
2000年からは、古典の技術を身につけることを目的に[2]、「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修練磨の会(TOPPA!)」を、兄の正邦、従兄弟の宗彦、逸平、親戚の童司(現在の三世千之丞)と共に主催。「TOPPA!」は2006年には発展的に「HANAGATA」となり、2020年からは「Cutting Edge KYOGEN」に改称して活動[2]。新名称は刃物の刃先が転じて最先端を意味するもので、茂の命名による[5]。
2011年生まれの息子茂山蓮 [6]と、2人の娘がいる[要出典]。兄の正邦(十四世千五郎)には息子の茂山竜正、茂山虎真、茂山鳳仁がいる[6]。2015年から2024年までの10年間[6]、兄と共に次世代の育成のため「傅之会(かしずきのかい)」を主催[2]、子どもたちに舞台の経験を積ませ、同世代の子どもにも見てもらいやすい価格設定としている[7]。
2020年2月の新型コロナウイルスによるイベント自粛要請の際には、早い段階から狂言のオンライン配信を開始した[2][8]。また、代々の面、装束の管理や新規の小道具の製作も行うなど、茂山家の中ではエンジニア気質と称される[9]。
2012年に、「京都府文化賞奨励賞」受賞[10]。2017年には日本能楽会会員(重要無形文化財保持者総合認定)となる[11]。