荒井与志明
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1982年の大京オープンでは青木功・横島由一に次ぐと同時に秋富由利夫を抑え、中山徹・泉川ピートと並んでの3位タイに入った[1]。
大京オープンが自身の最高位となるが、明けて1983年は2月のブリヂストン阿蘇オープンは予選落ちする[2]。同年2度目の出場となった関西プロではアプローチとパットに自信があったほか、苦手なドライバーも良くなり、初日を1イーグル、5バーディー、ノーボギーの会心のラウンドを展開[2]。7アンダー64の好スコアをマークして首位でスタートするが[3]、64は初めて出したスコアで[2]、プロ入り14年目で初のトーナメントリーダー[2]となったが、2日目には松田司郎・鈴木規夫・川上典一と並んでの3位タイ[4]に着けた。
1983年の和歌山オープンでは初日を宮本康弘・三上法夫・入野太と並んでの5位タイでスタートし[5]、最終日には稲垣太成と並んでの6位タイに入った[6]。