荒井与志明

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1947-01-10) 1947年1月10日(79歳)
国籍 日本の旗 日本
荒井 与志明
Yoshiaki ARAI
基本情報
生誕 (1947-01-10) 1947年1月10日(79歳)
国籍 日本の旗 日本
テンプレートを表示

荒井 与志明(あらい よしあき、1947年1月10日 - )は、日本プロゴルファー

1982年大京オープンでは青木功横島由一に次ぐと同時に秋富由利夫を抑え、中山徹泉川ピートと並んでの3位タイに入った[1]

大京オープンが自身の最高位となるが、明けて1983年2月ブリヂストン阿蘇オープンは予選落ちする[2]。同年2度目の出場となった関西プロではアプローチとパットに自信があったほか、苦手なドライバーも良くなり、初日を1イーグル、5バーディー、ノーボギーの会心のラウンドを展開[2]。7アンダー64の好スコアをマークして首位でスタートするが[3]、64は初めて出したスコアで[2]、プロ入り14年目で初のトーナメントリーダー[2]となったが、2日目には松田司郎鈴木規夫川上典一と並んでの3位タイ[4]に着けた。

1983年の和歌山オープンでは初日を宮本康弘三上法夫入野太と並んでの5位タイでスタートし[5]、最終日には稲垣太成と並んでの6位タイに入った[6]

1991年九州オープン[7]を最後にレギュラーツアーから引退。

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI