荒尾之茂
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東京府士族・池田武吉の二男[3][6][注 2]。1894年、荒尾成富の養子となり、家督を相続する[3][6][8]。幼より武士的教育を課せられる[4]。1906年、養父成富の勲功により、華族に列し、男爵を授けられる[3][6][8][注 3]。1909年、叙従五位[10]。
その後健康が勝れなかったので、しばらく鳥取県米子市寺町の妙興寺に居を移し、静養する[5]。多年三井合名会社に在勤する[4]。1918年、鳥取県西伯郡米子町小学校基本財産として四分利公債証書額面金200円を寄付する[11]。
1945年3月15日の東京大空襲で邸宅が全焼、京都の仮寓で1962年1月22日に亡くなる[5]。法名は、松柏院殿清修成茂大居士[5]。墓所は、米子市博労町2丁目、黄檗宗の祥光山了春寺[5]。