荒川放水路バラバラ殺人事件

1952年に東京都板橋区で発生した殺人、死体損壊事件 From Wikipedia, the free encyclopedia

荒川放水路バラバラ殺人事件(あらかわほうすいろバラバラさつじんじけん)とは、1952年5月10日東京都板橋区で発生した殺人死体損壊事件(バラバラ殺人)。「巡査バラバラ殺人事件」(じゅんさバラバラさつじんじけん)とも呼ぶ。

原因 警察官である被害者Aからの暴力
攻撃手段 紐で絞殺
概要 荒川放水路バラバラ殺人事件, 場所 ...
荒川放水路バラバラ殺人事件
場所 日本東京都板橋区
日付 1952年5月10日
原因 警察官である被害者Aからの暴力
攻撃手段 紐で絞殺
攻撃側人数 1人
武器
死亡者 1人(巡査)
犯人 妻B(事件当時26歳)、妻の実母C(死体損壊遺棄のみ)
容疑 殺人・死体損壊・死体遺棄
動機 被害者Aによる暴力から逃れるため
謝罪 公判において謝罪
刑事訴訟 妻:懲役12年、母親C:懲役1年6月(服役中に獄死)
管轄 警視庁
テンプレートを表示
閉じる
逮捕された被害者の妻

概要

1952年5月10日、東京都足立区にある荒川放水路(通称:日の丸プール)で、新聞紙にくるまれた胴体だけの男性遺体が浮かんでいるのを、近くで遊んでいた少女が発見。5日後には同じ放水路で頭部が、その翌日には両腕が発見された。

発見された頭部からモンタージュ写真が作成されると、被害者と思われる警察官の男性が捜査線上に浮上。そして、しばらく前に行方不明となっていた板橋警察署巡査A(当時28歳)とわかった。

5月16日、捜査により小学校教諭である被害者の妻B(当時26歳)が事情聴取され、犯行を認めたため緊急逮捕される[1]。妻の母親(当時51歳)も死体損壊に関わったとして逮捕された。

供述によると、酒好きで乱暴者の夫A(多額の借金に加えて暴力団との交友関係があり、上司が素行を監視していたという)に常日頃から加害者である妻は暴力を振るわれており、犯行当夜も泥酔して帰宅した夫に意見したところ暴力を振るわれ、前途を悲観した妻Bは夫Aが寝入ったところを紐で絞殺。目を覚ました母親Cと共に遺体をバラバラにして荒川放水路に遺棄した。バラバラにしたのは遺体の処理を容易にするため。

10月(12月とする資料あり)、東京地裁において妻Bに懲役12年、妻の母親Cに懲役1年6月(4年とする資料あり)の判決が下された。ともに栃木刑務所収監された。妻の母親は翌1953年病気のため獄死。

関連文献

  • 板橋区史 資料編 4 (近・現代) 付録 戦後世相百聞 に当事件が掲載されている。

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI