荒木城
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概要
籾井城の北西2.7kmの山岳にあり、標高404m、比高170mの山頂に位置した[1]。城の南麓を東西南北に街道が通っており、交通の要衝となる[1]。荒木城南西の麓には細工所砦があり、荒木城の防御を担った[3]。
『丹波志』によると城主は荒木氏綱といい[1]、天正6年(1578年)4月、明智光秀が滝川一益、丹羽長秀とともに攻めた「荒木山城守城[4]」がこの荒木城と考えられる[5][6][7]。荒木城の東600mの位置にある鉄砲丸と北西2.2kmに位置する清滝山城は、荒木城を攻めるための陣城としてこの時築かれたとみられる[8]。『信長公記』によると、4月10日、明智方により水の手が止められたことで落城した[5]。
