荒木彦次郎
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荒木氏は伊勢盛時が京都で活動していた頃からの家臣であったとされる。
明応4年(1495年)4月に盛時に従って駿河国に移住した家臣として、大道寺氏、山中氏、備中笠原氏と共にその名前が見られるが、その後の荒木氏の動向は判然としないことから、荒木氏は早い段階で没落したと考えられている[1]。
江戸時代に成立した軍記物においては、荒木氏は大道寺氏、山中氏、荒川氏(荒河氏)、多目氏(多米氏)、有竹氏(在竹氏)と共に御由緒六家に数えられている[1]。『異本小田原記』では「大道寺、山中、荒木、荒河、多目、在竹」が御由緒六家として挙げられており、『北条五代記』では「荒木兵庫頭、多目権兵衛、山中才四郎、荒川又次郎、在原兵衛尉、大道寺太郎」の名が挙げられている[1]。しかし、『北条五代記』における人名表記は後の時期に確認される名前である「彦十郎」とは異なっていることから、これらは後世の創作であると考えられている[1]。