荻本伊三武

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1925-04-24) 1925年4月24日
没年月日 1977年????
荻本 伊三武
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県一宮市
生年月日 (1925-04-24) 1925年4月24日
没年月日 1977年????
身長
体重
162 cm
64 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1950年
初出場 1950年3月10日
最終出場 1950年8月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

荻本 伊三武(おぎもと いさむ、1925年4月24日 - 1977年[1])は、愛知県一宮市出身[2]の元プロ野球選手外野手)。

一宮中学校時代は、1番打者として1942年の甲子園出場に貢献する[3]。1学年上に林直明、2学年下に川合幸三がいた。

卒業後は兵役を経て、1946年の都市対抗に愛知産業の選手として出場[3]。翌1947年国民野球連盟結城ブレーブスでプレーするが、リーグの解散後は、社会人野球の川島紡績を経て、1950年に創設された広島カープへ入団[2]。開幕戦では7番・センターとして起用され、チーム初打点を記録している[4]。同年限りで退団し、1951年は軟式野球の全一宮でプレーをする傍ら[5]、一宮中学の先輩である森弘太郎の誘いで川島紡績に復帰[3]1953年は蘇東興業でプレーしている[6]

引退後は川島紡績の役員を歴任した[7]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1950 広島 461069310225223711202--10--171.237.317.398.715
通算:1年 461069310225223711202--10--171.237.317.398.715

背番号

  • 8 (1950年)

脚注

関連項目

外部リンク

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