菅章哉
From Wikipedia, the free encyclopedia
- やまと競艇学校時代、リーグ戦勝率3.80の成績を残した[2]。
- 2009年11月11日、鳴門競艇場でデビュー[3]。結果は4着。
- 2010年4月25日、尼崎競艇場での「デイリースポーツ杯争奪 第21回ささはら賞競走」3日目1Rで初勝利(36走目)。
- 2012年4月9日、下関競艇場のG3新鋭リーグで初優出初優勝[3]。
- 2022年3月16日、大村競艇場での「第57回ボートレースクラシック」でSG初出場、5日目の第7レースでSG初勝利[4][5]。
- 2023年6月6日、蒲郡競艇場で行われたG1第68回オールジャパン竹島特別でG1初優出を果たす[6][7]。同年は9月に三国の北陸艇王決定戦[8]、唐津の全日本王者決定戦[9][6]、とG1優出3回を果たしたが、3回目の唐津の優勝戦でフライングをし、翌2024年の大半はペナルティによりG1に出場できなかった[10]。
- 2025年
人物
- やまと競艇学校時代は「劣等生だった」と自ら評するほど成績が伴わず、「同期に本当に助けられた」と話す[15]。
- デビュー2走目にしてフライングを切り、初勝利を挙げるまでにフライング2本持ちの状態になっていた。さらに初勝利を挙げた後もケガで半年にわたる戦線離脱を余儀なくされるなど、「気持ちが空回りしていた」という[15]。
- レースでは選択するコースに合わせてモーターのチルト角を調整し、これに対応するようにプロペラを仕上げている。特に外のコースを選択した場合はチルト角を最大まで上げ、さらにプロペラを伸び型に仕上げてレースに臨むため、茅原悠紀は「カドの峰さんより6コースのガースーの方が圧倒的に脅威」と話し[16]、プロペラの調整力に関しては徳島支部の先輩レーサーの岩崎芳美も一目置いている[17]。
- 一時期はアウト屋になっていたが、2019年11月にボートレース芦屋の読売新聞社杯GI全日本王座決定戦開設67周年記念競走、2020年2月のボートレースまるがめ・GI四国地区選手権、同年3月のボートレース福岡の一般戦とフライングを3度犯し、出走回数不足や事故点オーバーでB2級に降格[18]。その後は出走レースの枠順によってモーターのチルト角度を変える現在のレーススタイルに落ち着いた[15]。