菊池武雄
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東京都出身。1938年に國學院大學に入学し、1939年度には西岡虎之助が担当した科目「国史学」を履修[3]。1941年3月に卒業[4]。卒業論文は「吉野朝時代公家社会世相と洞院公賢」[5]。同年6月東京帝国大学史料編纂所に入所[4]。その後、兵役に就き、シベリア抑留を経て、1947年11月復員[4]。1948年1月に史料編纂所に復帰し、1956年に助手[4]、1968年に助教授、1974年に教授となる[6]。古文書部に属し、東大寺文書の編纂を担当した[4][7]。
1953年発表の論文『戦国大名の権力構造-遠州蒲御厨を中心として-』は、永原慶二によって「戦後新たに出発した戦国大名研究の起点に位置付けられる労作」と評価されている[8]。