蓑島靖典
From Wikipedia, the free encyclopedia
JRA初の十勝支庁出身騎手[1]として、2001年3月美浦の後藤由之厩舎所属でデビュー。同期として大庭和弥・川島信二・小坂忠士らがいる。
約2か月後となる4月29日に初勝利を達成し、この年特別戦2勝を含む10勝を挙げ関東新人賞となる2001年民放競馬記者クラブ賞を受賞する[2]。
同賞の受賞にあたり「この賞を頂くには物足りない成績ですが、来年はこれに応えるよう、もっと頑張ります」とコメント[3] を残した蓑島は、翌2002年こそ騎乗数・勝利数をともに伸ばすも、減量免除の特典を解かれる2004年以降は騎乗数を減少させ、のちに活躍の場をデビュー2年目より騎乗を開始した障害競走へと移す。
2005年には年間を通じ平地・障害未勝利に終わるなど不振の年もあったが、2008年新潟ジャンプステークスをユウタービスケットで制し重賞初勝利を記達成した。
2010年にはバシケーンで中山大障害を制覇し、J・GI競走初勝利[4]。
2024年2月10日、小倉競馬第5競走(障害オープン)でグレンガリーに騎乗していたが、2周目1号障害(生垣障害)着地時につまずき、落馬した際に頭部を負傷。小倉市内の病院に搬送された[5]。
その後は戦列を離れて療養を続け、約2年後の2026年2月13日から調教騎乗に再開した。なお、負傷の際に頭部の内出血の影響で左耳の聴覚を喪失している[6][7]。今後はレース復帰を視野に入れつつも、調教師転身も模索している。同年2月21日付で武市康男厩舎に所属する[8]。
おもな騎乗馬
太字はGI級競走を示す
- ユウタービスケット(2008年新潟ジャンプステークス)
- バシケーン(2010年中山大障害)
- サクセッション(2023年新潟ジャンプステークス)[9]