蓑島靖典

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-11-14) 1982年11月14日(43歳)
身長 155.5cm
蓑島靖典
ペガサスJSパドック(2013年3月23日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道足寄郡足寄町[1]
生年月日 (1982-11-14) 1982年11月14日(43歳)
身長 155.5cm
体重 50kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 美浦・後藤由之(2001.3.1 - 2005.1.20)
美浦・フリー(2005.1.21 - 2026.2.20)
美浦・武市康男(2026.2.21 - )
初免許年 2001年
免許区分 平地・障害
テンプレートを表示

蓑島 靖典(みのしま やすのり、1982年11月14日 - )は、日本中央競馬会美浦トレーニングセンターに所属する騎手

JRA初の十勝支庁出身騎手[1]として、2001年3月美浦の後藤由之厩舎所属でデビュー。同期として大庭和弥川島信二小坂忠士らがいる。

約2か月後となる4月29日に初勝利を達成し、この年特別戦2勝を含む10勝を挙げ関東新人賞となる2001年民放競馬記者クラブ賞を受賞する[2]

同賞の受賞にあたり「この賞を頂くには物足りない成績ですが、来年はこれに応えるよう、もっと頑張ります」とコメント[3] を残した蓑島は、翌2002年こそ騎乗数・勝利数をともに伸ばすも、減量免除の特典を解かれる2004年以降は騎乗数を減少させ、のちに活躍の場をデビュー2年目より騎乗を開始した障害競走へと移す。

2005年には年間を通じ平地・障害未勝利に終わるなど不振の年もあったが、2008年新潟ジャンプステークスユウタービスケットで制し重賞初勝利を記達成した。

2010年にはバシケーン中山大障害を制覇し、J・GI競走初勝利[4]

2024年2月10日、小倉競馬第5競走(障害オープン)でグレンガリーに騎乗していたが、2周目1号障害(生垣障害)着地時につまずき、落馬した際に頭部を負傷。小倉市内の病院に搬送された[5]

その後は戦列を離れて療養を続け、約2年後の2026年2月13日から調教騎乗に再開した。なお、負傷の際に頭部の内出血の影響で左耳の聴覚を喪失している[6][7]。今後はレース復帰を視野に入れつつも、調教師転身も模索している。同年2月21日付で武市康男厩舎に所属する[8]

おもな騎乗馬

太字はGI級競走を示す

騎乗成績

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI