長沢松平家第9代当主・松平康直の長女として生まれる[2]。母は本多広孝の娘[2]。
『寛政重修諸家譜』によれば、慶長5年(1600年)6月に徳川家康の養女となって「連姫」を称し[2]、有馬豊氏に嫁いだ[2]。このとき、筑後国内に化粧料として7000石が与えられた[2]。
家康の養女になった時期・婚姻の時期について、『幕府祚胤伝』では慶長7年7月17日に三田藩主有馬則頼が死去し、福知山藩6万石の大名であった豊氏が父の遺領2万石を加増された際、蓮姫が家康の養女として豊氏に嫁いだとする[1]。『幕府祚胤伝』によれば、本多忠勝と家康側室の阿茶局(飯田氏・一位局・雲光院)が婚儀をつかさどった[1]。
慶安5年(1652年)7月21日に死去[1]。渋谷の祥雲寺に葬られた[1]。法名は長寿院普光宗照大姉[2]。