蓮池図
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| 作者 | 伊藤若冲 |
|---|---|
| 製作年 | 天明9年(1789年) |
| 種類 | 紙本墨画 |
| 寸法 | 195.0 cm × 89.5 cm (76.8 in × 35.2 in) |
| 所蔵 | 西福寺、大阪府豊中市 |
| 登録 | 重要文化財(1952年指定[1]) |
『蓮池図』(れんちず)とは、江戸中期の画家伊藤若冲が天明9年(1789年)に制作した水墨画である[2]。もとは大阪府豊中市にある西福寺の『仙人掌群鶏図』裏面に描かれた襖絵であったが、1930年に修繕と併せて六幅の掛け軸に改装された[3]。蓮が蕾から開花し、枯れて結実し、また新たな蕾が芽吹いていくさまを淡々と墨絵で表現した寂寥感のある作品で、表面の『仙人掌群鶏図』と同様、1952年(昭和27年)7月19日に国の重要文化財に指定された[1][2]。
天明8年(1788年)に京都で発生した天明の大火で被災した73歳の若冲は、家財道具一式を焼失したことにより知人のつてを頼って大阪へと生活拠点を移した[4]。若冲は大阪の文人木村蒹葭堂らのもとを転々とした生活を送っていたが、かねてより親交のあった薬種商の吉野寛斎が絵画制作の仕事を斡旋し、西福寺へと移り住んだ[2][5]。吉野寛斎は代々薬種商を営んでいた四代目の当主で、豪商として知られていたが、金にものを言わせて当時の珍獣や珍しい植物などを買い集めていたとされる[5]。若冲はここで見たサボテンをもとに『仙人掌群鶏図』を制作したと考えられている[6]。

『仙人掌群鶏図』は西福寺の仏間の須弥壇を挟んだ左右を彩る襖絵として制作された華々しい作品で、『蓮池図』は人目に見せないようなその裏側に描画された作品となる[7]。