蔵健太
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北海道旭川市に生まれ、8歳よりバレエを始める。初舞台は10歳の時に地元の旭川市文化会館にて。1994年に旭川実業高等学校[1]の在学中に出場した全日本バレエコンクールにて第3位を受賞(当時は男女混合部門しか存在していなかったが男性では1位)。1995年には、ローザンヌ国際バレエコンクールに出場。予選で足を剥離骨折しながらも決勝まで踊り抜き、スカラーシップ賞(銀賞)を受賞[2]。
1995年、英国のロイヤル・バレエ学校に入学し2年間在学。1997年の英国ロイヤルバレエスクール公演にて主役に抜擢。同年にロイヤル・バレエ団に入団し、2001年にファーストアーティストに昇格、2007年にソリストに昇格。
ロイヤル・バレエ団の現役期間中では主にプリンシパル、ソリストの役を務め、日本、アジア、ヨーロッパ各地のガラコンサートに参加。また若手ダンサーの育成のため、北海道、東京、大阪、名古屋、広島、岡山、高松、福岡、熊本など日本各地で毎年ワークショップを開催していた。
現役中は怪我に悩まされることが多く、入団後の1998年に初めて膝の手術を行い約1年間舞台から離れ、2002年には腰のヘルニアになり約1年半舞台から離れる。その後も膝の怪我に悩まされながら、引退までに両膝で計4回の手術を受けている。
2012年にバレエ教師資格を取得。2013年にロイヤル・バレエ学校のサマースクールのゲストバレエ講師を務める。2014年にロイヤル・バレエ団を引退後、ロイヤル・バレエ学校のバレエ教師となる。同校では日本人(アジア人)としては初めてのバレエ教師となった。
ヨーロッパ各地で教師活動を行い、日本ではバレエコンクールのゲスト審査員、講習会、ワークショップなどのイベント活動を行なっている。約10年間ロウアー・スクールとアッパー・スクールの教師として国内外で活躍する。