蕃上山古墳
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所属
古市古墳群
位置
北緯34度33分48.10秒 東経135度36分12.40秒 / 北緯34.5633611度 東経135.6034444度座標: 北緯34度33分48.10秒 東経135度36分12.40秒 / 北緯34.5633611度 東経135.6034444度
形状
帆立貝形古墳
| 蕃上山古墳 | |
|---|---|
| 所属 | 古市古墳群 |
| 所在地 | 大阪府藤井寺市野中 |
| 位置 | 北緯34度33分48.10秒 東経135度36分12.40秒 / 北緯34.5633611度 東経135.6034444度座標: 北緯34度33分48.10秒 東経135度36分12.40秒 / 北緯34.5633611度 東経135.6034444度 |
| 形状 | 帆立貝形古墳 |
| 規模 |
墳丘長53m 高さ6m |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 出土品 | 鉄剣・埴輪 |
| 築造時期 | 5世紀代 |
| 史跡 | なし |
| 特記事項 | 墳丘は非現存 |
| 地図 | |
蕃上山古墳(ばんじょうやまこふん)は、大阪府藤井寺市野中にあった古墳。形状は帆立貝形古墳。古市古墳群を構成した古墳の1つ。現在では墳丘は失われている。
大阪府東部、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)の西の大乗川による谷を隔てた先の台地上、藤の森古墳の西側の位置に築造された古墳である。1965・1972年(昭和40・47年)に発掘調査が実施されている。
墳形は、前方部が短小な帆立貝形の前方後円形で、前方部を南西方向に向けた。墳丘外表では葺石が認められたほか、円筒埴輪・形象埴輪(人物(武人・巫女)・家形・盾形・蓋形・甲冑形埴輪など)が出土している[1]。後円部墳丘の北西側には造出を有する[1]。また墳丘周囲には周溝が巡らされる[1]。埋葬施設は盗掘に遭っており明らかでないが、板状石材が確認されており、石室の可能性がある[1]。副葬品も失われており詳らかでないが、墳丘流土から鉄剣片が出土している[1]。築造時期は古墳時代中期の5世紀代と推定される。
遺跡歴
墳丘
関連施設
- 大阪府立近つ飛鳥博物館(河南町東山) - 蕃上山古墳の出土埴輪を展示。