薗田香勲 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 (1905-03-25) 1905年3月25日 日本和歌山県和歌山市死没 1969年4月9日(1969-04-09)(64歳没)出身校 京都帝国大学研究分野 ドイツ文学薗田 香勲人物情報生誕 (1905-03-25) 1905年3月25日 日本和歌山県和歌山市死没 1969年4月9日(1969-04-09)(64歳没)出身校 京都帝国大学学問研究分野 ドイツ文学研究機関 龍谷大学、大阪市立大学、大阪府立大学テンプレートを表示 薗田 香勲(そのだ こうくん、1905年〈明治38年〉3月25日 - 1969年〈昭和44年〉4月9日)は、日本のドイツ文学者・仏教学者、浄土真宗本願寺派の僧。大阪府立大学教授。ゲーテ、親鸞を研究した。 1905年、和歌山県和歌山市で浄土真宗本願寺派の妙慶寺に生まれた[1][2]。1916年に得度。京都帝国大学文学部独文科で学び、1927年に卒業。 卒業後は、同1927年より龍谷大学講師[3]。1931年、大阪商科大学(現:大阪市立大学)教授となった。1951年からは浪速大学教授、校名変更で大阪府立大学教授。 宗門においては、1926年より妙慶寺住職(1969年まで)。1947年から1951年まで、浄土真宗本願寺派和歌山教区長兼鷺森別院輪番をつとめた。 家族 父:薗田宗恵は僧侶。北米開教師としてサンフランシスコで布教[4]。 妻:芦津実全の娘 長男:薗田香融は日本史古代史、仏教学者。 次男:芦津丈夫はドイツ文学者。芦津実全の養子となった。 三男:薗田宗人はドイツ文学者。 四男:薗田坦は哲学者。 著作 著書 『ニイチエと仏教』顕真学苑 1932 『ゲーテ的人間』弘文堂(教育文庫) 1941 『ゲーテと東洋精神』増進堂(黎明選書) 1944 『ゲーテ断想』堀書店(教養叢書) 1947 『東洋的詩人としてのゲーテ』(増進堂全書) 1948 『聞法の生活』百華苑(百花文集) 1954 『東洋の叡智 仏教の否定と肯定』百華苑 1959 『無量寿経諸異本の研究』永田文昌堂 1960 『有と無 東と西の出会い』理想社 1965 『真宗へのすすめ』(現代真宗名講話全集) 教育新潮社 1966 『仏教の日本的受容 日本的宗教心と仏教』百華苑 1969 『ドイツ文学における東方憧憬』創文社 1975 『酔蟹夜話 ある住職の焼跡日記』法藏館 2001 共編著 『正信偈のはなし』岡田亮二・薗田宗人 永田文昌堂 1975 翻訳 『シッダルタ 印度の詩』ヘツセ著、顕真学苑出版部 1930 論文 CiNii>薗田香勲 INBUDS>薗田香勲 脚注 ↑ 妙慶寺 ↑ 近代文献人名辞典(薗田香勲) ↑ 著者経歴(法蔵館) ↑ 『哲學硏究』の周辺」への追補 参考文献 日本人名大辞典 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 ドイツ アメリカ 日本 Related Articles