1933年、和歌山県和歌山市で薗田香勲の子として生まれた。京都大学文学部独文科で学び、1955年に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、1957年に修士課程を修了。
修了後は、和歌山大学助教授に就いた。後に大阪市立大学教授に転じた。1993年に大阪市立大学を定年退官し、名誉教授となった。1997年、学位論文『ニーチェと言語:詩と思索のあいだ』を大阪市立大学に提出して文学博士号を取得[3]。デュッセルドルフ・日本文化センター所長を務めた。
石田慶和の後を継いで、第2代相愛大学・同短期大学学長に就任。2004年、在職中に死去。