藤原公国

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時代 鎌倉時代中期
生誕 長寛元年(1163年
死没 建保6年9月5日1218年
 
藤原 公国
時代 鎌倉時代中期
生誕 長寛元年(1163年
死没 建保6年9月5日1218年
官位 正二位中納言
主君 高倉天皇安徳天皇後鳥羽天皇土御門天皇順徳天皇
氏族 藤原北家閑院流徳大寺家
父母 父:藤原実家、母:藤原憲方の娘
兄弟 公国公明、公仙、公仁、女子
藤原実宗の娘、大江広元の娘
実重、実光、実遠、実広、実仲、実治、実深
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藤原 公国 (ふじわら の きんくに)は、鎌倉時代中期の公卿。藤原北家閑院流大納言藤原実家の長男。官位正二位中納言

高倉朝安元元年(1175年叙爵左近衛権少将左近衛権中将蔵人頭などを歴任し、正治元年(1199年参議に任ぜられ、公卿に列する。2年後の正治3年(1201年従三位建仁3年(1203年正三位に昇進し、元久元年(1204年権中納言。その後も元久3年(1206年従二位承元2年(1208年正二位と昇進を続け、承元3年(1209年中納言。しかし翌年承元4年(1210年)中納言を辞する。建保6年(1218年) 9月5日に出家、同年9月10日に薨去。享年56。

官歴

系譜

脚注

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