藤原友実 From Wikipedia, the free encyclopedia 藤原 友実(ふじわら の ともざね、1062年 - 1098年)は、平安時代の廷臣、学者。藤原南家貞嗣流。右衛門権佐・藤原季綱の長男。蔵人、式部丞、勘解由使次官。諱は保実とも称した。娘に源仲政室がいる[1]。 藤原師通と関係が深く[2] 、一例として、師通の日記『後二条師通記』には師通が風病にかかったときの様子が書かれており、風病の治療法を探していた師通は、友実を呼んで『世説第三』を調べさせた所、湯治が良いとあったという[3]。著作に『野沢佳趣』。 系譜 父:藤原季綱 母:藤原親経の娘 妻:大学頭棟綱の娘 男子:藤原能兼 - 子に藤原範兼・範季ら。 女子:源仲政室 - 源三位頼政の生母。 脚注 ↑ 続群書類従完成会 2001, p. 279. ↑ 朋文出版 2008, p. 96. ↑ 汲古書院 1998, p. 137. 参考文献 『国文学年次論文集』(2008年、朋文出版) 『大曽根章介日本漢文学論集』(1998年、汲古書院、大曽根章介) 『院の近臣の研究』(2001年、続群書類従完成会) 外部リンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles