藤原宗兼 From Wikipedia, the free encyclopedia 藤原 宗兼(ふじわら の むねかね、生没年不詳)は、平安時代後期の貴族・歌人。藤原北家、近江守・藤原隆宗の子。官位は従四位上・修理権大夫。 少納言や修理権大夫などを務めた[1]。永治元年(1141年)に出家。『千載和歌集』に和歌作品が1首入集している [2]。 系譜 『尊卑分脈』による。 父:藤原隆宗 母:藤原義綱の女 妻:藤原有信の女 男子:藤原宗長 男子:覚長 女子:池禅尼 - 平忠盛後室 生母不詳の子女 男子:藤原宗賢 男子:藤原宗親 男子:応浄 男子:朗覚 男子:宗観 男子:忠兼 女子:高階泰重室 鎌倉時代の武士である牧宗親の父であるという説もある[3]。 脚注 ↑ 中央公論美術出版 2005, p. 240. ↑ 日本文学地名大辞典刊行会 1999, p. 540. ↑ 思文閣出版 1994, p. 180. 参考文献 小松茂美『平家納経: 平清盛とその成立』中央公論美術出版、2005年 『日本文学地名大辞典: 詩歌編 - 第2巻 』日本文学地名大辞典刊行会、1999年 上横手雅敬監修・井上満郎・杉橋隆夫編『古代・中世の政治と文化』思文閣出版、1994年 『尊卑分脈 第一篇』吉川弘文館、1987年 外部リンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles